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その日はある程度決められた観光をして、少し余る時間は各々お土産を買ったり買い食いをしたりしながら目的地の温泉に向かってバスはゆっくりと進んだ。 俺はどこに立ち寄っても何かしら食べていて、阿川くんを始めとした同期に食べ過ぎじゃない?だのそんなに食べるのにそんな細いの?だの、体の心配をされた。 元から食べてもそう太る方じゃなかったけど、痩せた分を取り戻すことさえ苦手らしい俺の体は食べ過ぎてもそう体重が増えなかった。 俺が気持ち悪いなと思う体でも、これが好きだと言ってくれる人が身近に居るからこういう体質で良かったなぁと今は思うけど。 そうしてまったりと進んだバスは夕方に目的地の旅館に到着した。 調べたところによるとかなり大きな旅館なようで、今回この社員旅行ではこの旅館の一棟を貸し切っているらしい。 つまり夜中までどんちゃん騒ぎをしてもいいということで、宴会が怖い。 旅館に着いてからは19時からの夜ご飯(宴会)までは自由時間だったので、同期と一緒に部屋に向かう。 俺たちは6人部屋だから部屋もそれなりに広い。と言っても成人した男6人だとむさ苦しい気もするけどそれはそれ。 「飲んだら寝たいし先風呂行かない?」 「俺は行かなーい」 「え?」 「俺も」 「なんで!?」 「1人でゆっくり入る方が好きだから」 おにーさんのアドバイスに従って、俺は18時枠の貸切風呂を予約してるし。これは後で受付に行って俺だけ個別でお金を払うことになるけど、それも旅館には話しているので問題ない。 こういう旅館のサービスは本当に細やかだなあと実感する。 俺と阿川くんを残して、同期たちは行ってくるわーと浴衣片手に出て行って、俺もいそいそとお風呂の用意をする。 「伊藤くん何してるの?」 「俺貸切風呂予約してるからその準備。阿川くんは人が帰ってくる前にお風呂入ってたら?男同士だしみんな気にせず扉開けるかもしれないよ」 「!!!」 トイレとお風呂は別だけど、洗面所からお風呂に続いてるから歯を磨くとかそんな理由で入ってくる可能性は十分にある。全員が男なわけだし、うっかり見ちゃってもすまんで終わるからわざわざノックなんてしないと思う。 タイミング悪くお風呂から出た直後だと阿川くんの秘密がバレてしまう。 「そうする!超ダッシュで浴びるわ」 うんそぉして。 1人取り残された部屋の中で、スマホを取り出しておにーさんにメッセージを送る。 食べたものの写真も一緒に送りつけていると、食い過ぎと短い返事が来た。 そんなやりとりを少ししてから貸切風呂へと向かった。 てこてこと歩く館内は本当に広い。 和の趣も感じるのに飾られているものはちょっと洋風なものもあるのになんとなくうまくハマってるような気がする。こういうのがよく分からない俺は何を見てもうんいい感じって思いそうだけど、いい感じだ。 おにーさんがいいところじゃんと言うだけあって、サービスも豊富だ。 受付で貸切風呂を借りる手続きをしていたら、1人人が消えたと思ったらどうぞお使いくださいと持ってきたタオルや浴衣、お風呂セットが十分に入るカゴを貸してくれた。 帰りはもちろん受付によるけど、使うなら部屋に持っていって帰るときに置き去りにしててもいいと言ってくれた。 いやぁ、さすがだと1人感心して向かったお風呂は本当に贅沢だった。 俺が1人で入るには広すぎて、だけど伸び伸び体を広げてほかほかと温まることができた。 1人ゆっくりお風呂に入り、きちんと受付によって部屋に戻るとまだ飲んでいないはずなのにそこはもうどんちゃん騒ぎだった。まあ、多少ばらつきはあるけど20代の男ばっか6人も集まれば仕方ない。 道中に買っていたお菓子を開けてご飯前に食べたりと好き放題しながら、各々の近況なんかを話す。 「一人暮らしって大変?」 「ん?するの?」 「したいなぁって思うんだけど、同期で一人暮らしって伊藤くんだけだからさ」 「うーん、今って確か中型だよね?」 「うん」 「後に営業への希望は?」 「ある!」 「ならオススメしない」 技術部ほどじゃなくても、営業さんは残業が多い。 製造部の間は一人暮らしでも問題ないと思うけど、営業部に移動したら絶対に家は帰って寝るだけの場所になるからもったいない。 「営業部に行く前に結婚するならいいと思うよ」 「………」 「やっぱり一人暮らし少しでもしてると、当たり前のことをしてくれるありがたさが身に染みる」 「そんなありがたい?」 「かなり」 たとえ全部して貰うにしても、分担するにしてもそういう有り難さとか感謝とかはちゃんと覚えておきたい。 そういう意味で、俺はちょっとの間死にそうになりながらも1人で暮らして良かったなあと思っている。

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