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宴会も終わりそれぞれの部屋に戻る頃には出来上がってる人がたくさん居た。俺は眠いけど酔い潰れたりはしてなくて、ぐでんぐでんになって千鳥足のお手本のような先輩社員を見送りながら自分の部屋に戻る。 戻った部屋も酷いものだ。 6人のうち3人が潰れて布団じゃないところで寝ている。もう今更動かすのも大変だからこのままでいいかと俺は自分の布団をせっせと整える。 そうしておやすみと言った後、俺は返事をもらった記憶がないほど早く眠りに就いた。 翌朝、俺はいつもの癖で6時半を少し回った頃に目が覚めた。家ではこの時間にうっすら目が開いても、まだ寝てるおにーさんに安心してすぐに夢の世界に戻れるのに、旅館だからか完全に目が冴えてしまった。 少し早いけど1人起き上がり、おにーさんの予想通り服の意味を為していない浴衣を綺麗に整えて1人座椅子に座る。 暖かいお茶を入れて、ずずっと啜り息を吐く。 そうしてのんびりしてる間に誰かのアラームが鳴り始め、その音で全員が起きていた。 「伊藤くん、早くない?」 「目が覚めちゃって」 そうして少し朝の挨拶をしてから朝食会場に向かう。 そこは去年同様、二日酔いで青い顔をした人がちらほらと居て、どうして大人は懲りないんだと思わざるを得なかった。 2日目は温泉地を観光したり、自由時間は同期の女の子に引っ張られるように足湯カフェなんかに行って美味しいパフェを食べたりとそれなりに楽しんでから各自お土産探しの旅に出た。 俺の目的は温泉卵と、おにーさんと一緒に食べれそうなもの探し。そうしてふらつき始めてすぐ、俺は必死な声に引き止められた。 「伊藤さんっ!」 「わっ、へ?田中さん?」 「伊藤さん助けてくださいっ」 「何から?」 声と同じく必死な顔をした田中さんが俺の腕を掴んでいる。状況が把握できない俺はどうしたんですか?と聞いて見るけど、話したいことと話さなければいけないことの整理も付いていない田中さんは時系列を追って話すことも出来ず、話がぐちゃぐちゃで俺が理解出来たのはほんの一部だったと思う。 「つまり夢の国のチケット取って喜んでたけど、ペアじゃんって凹んでたら原田さんに一緒に行来ませんかって誘われたってことでいい?」 「はい、大体はそんな感じです」 え、俺は何から助けたらいいの??? 助けるような状況でもなんでもないと思うんだけど。 「何から助けたらいいのか全然わからないんですけど」 「俺が誰かと夢の国に行けると思いますか?無理ですよ」 「いや、相手から誘ってくれるんだから行けばいいんじゃないですか。俺的には女の子に誘わせるなんて空気読めてないなぁって思いますけど」 「ちょっと一言多いです」 いやいや。 その時の状況はよく分かんないけど、多分原田さんは一緒に行ってもいいですよって雰囲気を出してたと思う。空気を読めない田中さんはそれに丸っと気付かずスルーして、痺れを切らした原田さんが声をかけたと俺は思っている。 いやあびっくり。 いつの間に親しくなってたの? 最初の頃の田中さんはキッツキツの猫を被ってたから原田さん苦手そうにしてたのに、いつから変わったんだろう。 「うまい断り方無いですか」 「断るんですか?」 「………」 「他に行く相手居ますか」 「………」 「居ないなら行っちゃえばいいと思いますよ」 「いやっ、でもだってこんなん、デート、ですよね?」 「周りからはそうとしか見えないと思いますよ」 無理ですっと頭を抱える田中さん。 むしろありだと思うけどなあ。周りカップルだらけなんだから見て学んできたらいい。原田さんは田中さんのコミュ力の低さは知ってるんだから理想的なデートを期待してるとも思えないし。 「お得意の勉強です。定番のデートスポットだし、調べればたくさん出て来ます。周りにもたくさんカップルが居るんだから、周りの人の距離感とか見て来たらいいと思います」 「遊園地とか別れる定番ですよね!?」 「そんなこともないと思いますよ」 「間が、保ちません」 問題はそのコミュ力に戻るのか。 まあ、原田さんがいくら田中さんがコミュ障と分かっているからと言ってそこまで甘えるのはやめた方がいい。 「俺的には間が保たないより、原田さんがまだ10代ってことの方が気になりますけどね」 「っ!?」 「だって確か高卒って言ってましてよね?それなら今19歳じゃないですか?」 たった1歳、だけど成人してるか未成年かの違いは大きい。田中さんとの歳の差はおそらく8つほど。それが悪いとは思わないけど、少なくても相手が未成年なんだから大人(仮)の田中さんがきちんと気を遣ってあげることも必要になってくると思う。

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