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272.
帰りのバスで少し寝て、すっかり元気になって家に帰り着いた俺は玄関を開けて走り抜ける。
「ただいまっ!」
「おかっ、っ」
「あーっ、帰って来たあっ」
ソファに座っていたおにーさんに荷物もそのままに飛びついてぐりぐりと頭を擦り付ける。はあとため息を吐いたおにーさんは俺の頭を優しく撫でて、その手が頬に移動する。
「穂高さんあったかい」
「お前は冷たい」
「ちゅーしてくれたらあったまるかも?」
「アホか」
いやいやいや。
そう言いながらも応えてくれるおにーさんもなかなかバカだと思うよ?もちろん、口は塞がってるからそんな言葉が出てくることはなかったけど。
ちょっぴり甘えて、少し落ち着いたところでむくりと起き上がって荷物をポイポイと出す。
俺は出すだけで、それを片付けたり洗濯するのはおにーさんだ。俺が丁寧に取り出したのはお土産くらいだ。
「温泉卵!」
「おせんべい!」
「おまんじゅう!」
「地酒!」
ひとつひとつ大事に取り出した俺を見ていただけのおにーさんは最後のお土産に飲めんの?と言ってくる。
もちろん、飲めるはずがない。
「俺は試飲もしなかったけど、これすっきり辛口で飲みやすいって。オススメは冷やして飲むことらしいけど、熱燗もいいよって言ってた」
飲みやすいと言ったのは同期の誰かだ。オススメの飲み方はお店の人が教えてくれた。
おにーさんはありがとうと短く言って、小さなお酒の小瓶を冷蔵庫に直してくれた。いつもお土産いる?と聞いてもいらないというおにーさん。だけど勝手に買って来たらちゃんと受け取ってくれるし食べてくれるから俺はついつい何か買ってくる。
「お前ダイソン忘れんなよ」
「あっ!あれ?どこだっけ?」
「荷物と一緒に落ちてきたぞ」
「へへっ、ちゃんと取ってきたよ」
おにーさんが手にした景品を見て、褒めて褒めてと頭を差し出すと雑に髪をかき混ぜられた。だけどありがとうと聞こえた言葉に刺はなくて、俺はふふんと鼻を鳴らして笑った。
それから数日後、俺の家のキッチンには羽のない扇風機が居座るようになっていた。
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