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2-4.

俺と阿川くんが話していたところでミホちゃんの用事も本心も分かるはずがない。結局、せっかくの定時上がりの後に同期の愚痴を聞いて帰ってくることになり、少ししょんぼりと帰宅した。 「ただいまぁ」 「おかえり」 とぼとぼ帰宅して、暗い部屋にたどり着いたつもりが返事がある。パッと顔を上げて、リビングに掛け込む。 「ただいまっ!」 「そんな慌ててどうした?」 「穂高さんがいるのが嬉しい!」 「俺は今日から休みだって言ってただろ」 「嬉しいっ」 穂高さんに飛び付いてグリグリと顔を押し付ける。 帰ってきてこれが出来る幸せ。 ふふっ、幸せ。 「邪魔して悪いけど、俺のこと見えてる?」 幸せを堪能する俺に穂高さんとは違う声が聞こえてくる。 声の方に振り向くとそこには呆れ返った顔したミホちゃんが座っている。 俺は穂高さんの隣に座って、ミホちゃんに少し文句を言う。 「ミホちゃん!」 「うわっ、なに?」 「ミホちゃんのせいで定時で上がったのにこんな時間に帰ってきたんだよ!」 「なんで俺のせいなんだよ」 「阿川くんのこと放置しすぎ!放置プレイはおうちだけにして!」 「いや、そんなつもりないんだけど」 まったく! 付き合う前も付き合ってからも俺を巻き込むなんて聞いてない。 なんで!?で冷静さを欠いた阿川くんと違い、ミホちゃんはいつも通りだ。 「あいつ的に年越しかも知んないけど、俺的に兄貴の誕生日だし」 「うんうん、俺にとってもそうだよ、すっごい分かる!」 「だろ?それに年越しなんて来年もあるじゃん」 そうそう、と頷きかけて止まる。 どっちも1年に1度しかない行事なのだ。 「どっちも1年に1度しかないから難しいね」 俺がそういうとミホちゃんは黙った。 ミホちゃんにとって年越しの価値がいかに低いかを見た気がするけど、まあ気にしない。 「穂積の好きにしたらいいけど、俺と誠は年末東京に居ねえよ」 「えっ!?」 「へ?」 俺とミホちゃんの声が被る。 ちょっと待って俺でさえ今聞いたんだけど。 年末実家に帰るのかは聞かれていた。もちろん帰らないと即答して、そうかと言われたくらいでどこかに行くかと言われた覚えはない。 別にどこかに行くなら行くでいいんだけど。 「誕生日なんだから俺の分くらい俺が出していいよね!?」 「なんでだよ」 「なんでなの!」 意味わかんない!と叫ぶ俺は穂高さんにうるさいと言われて口を噤む。そもそも穂高さんが悪いじゃん、誕生日くらい俺に甘えたらいいんだよ! 「兄貴マジでいないの?」 「ああ」 「………マジかよ」 なぜかものすごくショックそうなミホちゃん。 ふらふらと机に伏せってしまって、少し心配になる。 なんだかんだミホちゃんはお兄ちゃんっ子だからな、仕方ない。俺より兄離れできてないじゃない?と思ったりするけどそれは言わないでおいた。 「穂高さんどこ行くの?」 「秘密」 「うわぁやらしー」 「何がだよ」 「響きが!」 「アホか」 ほんとどこ行くんだろう。 うーんと首を傾げる俺に、穂高さんはニンマリ笑っていいところと言った。 「うぅっ、いじわるっ」 いつもより甘ったるくて、ちょっと低い声は体の中からゾクゾクとしたものが溢れてくる。 俺がそうなることくらいお見通しなはずの穂高さんは、楽しそうに、意地悪そうに笑っていた。

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