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2-20.

翌週、少しずつ技術部に人が増え始め、週末にはようやく全員が揃った。 みんなに、伊藤くんって本当に人間?5人が閉じ込められた部屋の中で仕事してて1人だけ感染しないって大丈夫?と変な心配をされた。 大丈夫だ、実家にいた頃なんて家族みんながインフルになっても夜だって俺はその家で寝ていた。もちろんそれでも俺はインフルエンザになったことはない。 全員が復帰して、ようやく俺らしい社畜っぷりを発揮し出した頃、家に帰ると何やら封筒が積み上げられ始めるようになった。 封筒の宛名は夏目穂高様になってるから見たりはしないけど、日に日に増えるそれは気になって仕方がないものだった。 そして、ようやくやってきた休みの日曜日に穂高さんに尋ねてみる。 「穂高さーん」 「なんだ?」 「この封筒達なぁに?たまに増えてるよね?」 「見ていいぞっていうか、お前にも見せたかったし」 そうだったの?それなら付箋でも貼っててくれたらちゃんと見たのに。 そうしてズサっと封筒をひっくり返すと、モデルルーム展示中とか、好評分譲中とか、そんな文字が踊ったチラシや、少し分厚めのカタログなどなど。 なるほど、これは引っ越し先の候補地達かぁ。 「なるほど」 「青い付箋貼ったやつある?」 「ちょっと待ってね」 全部の封筒を上から覗くと、確かにひとつ青い付箋がぴょんと伸びている。取り出しながらあるよと返事をすると、そこお前好きそうと言った。 付箋のページは、間違いなく俺が好きだ。 リビングに畳コーナーがあって、キッチンからそこが見えてる。ってことは畳コーナーからもキッチンが見えるってこと。 いろんな角度の写真があって、ペラペラと見ていく。 「ちょっと待って、俺が住むにはオシャレすぎない?」 「そうでもないだろ」 そうかなぁ。 まあ住めば都って言うし、いっか。 「あ、ここってまだ建ってないの?」 「ああ。その分メリットも多い」 「例えば?」 「キッチンを高くできるとか、壁紙とか浴室とか選べるはずだぞ」 「穂高さんには普通のキッチンじゃ低いもんね」 それは穂高さんの差が高すぎるせいだけど、俺たちの場合俺がキッチンに立つことはないから穂高さんに合わせてもらって構わない。 「その畳スペースも小上がりにして下を収納にしたらお前のあれがなくなる」 「………えへへ、引き出しに入れるくらいなら出来るよ」 「だろ?出しっ放しはやっぱ好きじゃねえ」 どうせ明日着るし、明日使うし。と心の中で言い訳をする。 穂高さんもそれは分かっているから、俺用の籠の中が多少散乱してても何も言わない。 それを引き出し収納にしてしまえば、中がぐちゃぐちゃでも目にはつかないってことだよね。 俺にとってもそう手間でなく、穂高さんにとっても気持ちよく過ごせるそれは合理的っていうじゃないかな。 「穂高さんってそういうの詳しいの?」 「母さんが不動産の営業だったって言わなかった?」 「営業職だったとしか聞いてないよ」 「そうだっけ?まあそう言うこと」 「なるほど。この物件はお母様が?」 「そう。けどやっぱ俺の職場と誠の職場どっちにも近い新築分譲ってなるとそう多くは選べないんだよな」 「そっかぁ。ここ以外の候補は?」 「俺的にはそこ一択。それ以外だと俺が乗り換えが3回とか、誠の職場まで40分とか」 なるほど。 家に対してのこだわりってそうないけど、職場まで毎日片道40分の原付旅はしんどい。冬とか手が凍ってなくなる。それが往復ってなると1時間20分。あ、むりむり。俺の限りある時間が通勤なんかに使われるなんてむり。 「付箋のところは?」 「俺は乗り換え1回、トータル25〜30分。誠は原付で20分もあればいけるはず」 うん、それなら平気。 今とそこまで変わんないから大丈夫。

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