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その日は穂高さんはいつにも増して俺のことを甘やかしてくれた。夜ご飯は俺が好きなものばっかだったし、俺がゲームをしていても抱き上げて構ってくれた。おかげでテレビの画面は全然進まず、you deadの文字が踊っていた。 いろいろあったような、まったりしたような週末を終え、2月に入った今日。慌ただしく朝を過ごすけど、いってらっしゃいと見送られて家を出るのはほっこりする。 毎日の目標は穂高さんが起きてる時間に帰ること。そしてあわよくば一緒に布団に入って寝ること。 そんな目標を胸に今日も技術部の事務室に入る。 「………」 「伊藤くん、顔が死んでる」 「想像より多過ぎて、死にたくなります」 「大丈夫、大きいだけだよ!たぶん」 「内容次第ですよね、面倒なのなかったらいいんですけど」 俺の机にてんこ盛り置かれたサンプル。確かに大きいものがあるからてんこ盛りなだけで分けてみると4つしか(しか?)ない。 そして依頼内容を見て俺の表情はさらに死んだ。 「………」 「伊藤くん、ファイト!」 「鈴木さんやりますか」 「私X線使えないんだよね、大学の頃1度使っただけで分野外なの」 「………」 「っていうか、野田さんも致し方なく使えるようになっただけで原理とかその辺分かって使えてるのは伊藤くんだけだからね。適材適所」 俺は教授の手伝いばっかりしてたから、自然と学んだ。 もちろん原理や理論を分かってなくても使えるし結果は出せるけど、それってなんか味気ない。 少し面倒な検査が来たり、営業さんに頼まれて日帰りで出張に出たりと少しバタバタとした2月になったけど、なんとか穂高さんのおかえりを聞ける時間に帰り着いていた。 そうして俺が勝手に忙しい毎日を過ごす中で、穂高さんは俺が仕事に行った土曜日にマンションの契約に向かった。それはちゃんと行ってくると聞いていたし、特に気にせずにいたけどそれは少し間違いだった。 だって、それから穂高さんがおかしいもん。 辛そうな顔はしないけど、俺の甘やかし方が違う。 俺がお菓子を食べすぎても怒らなくなった。 アイスの2つ目を食べようとしてたらいつも怒られていたのに、渋い顔をして見て見ぬふりをされた。 俺はそんな状況に首を傾げた。ありえない、ありえない。 きっと今夜は俺にひどいことをするつもりなんだ!と1人構えていたのに、そんなこともなかった。 何を目的にこんなに甘やかすの!?って思ったけど、特に見返りを求めれらることもないまま日にちだけが経っていった。 そうしてどのくらいか経った頃、出勤するなり鈴木さんにチョコを渡された。 「あ、バレンタインですね」 「そう。今年はそうだなあ、ポケットに入りそうなハンカチが欲しいな」 「分かりました、覚えておきます」 鈴木さんのお返しのリクエストって去年もだけど実用的でかつ値段的におかしくない。女子社員から全員にって用意されてるのは製造部の部長さんがまとめてお返しをしてくれているし、俺が個別に対応するのは鈴木さんくらいだ。 出勤してくる技術部のメンバー全員にチョコ(義理)を配っていて、もちろん全員に適切な値段の欲しいものを伝えている。けれど1人だけ反応が違う人がいた。 「えっ?チョコ???」 「バレンタインのね、義理だけど」 「………」 渡されたものを受け取ることもせず、ただ固まってるのは田中さんだ。 「チョコ苦手だった?」 「あ、いえ、そんなことは」 「はい。どうぞ」 お返しは美味しいクッキー買って欲しいなと言ってるけど、田中さん聞こえてるかな。 田中さんは完全に固まってるし、こりゃどうしたものか。 「あの、伊藤さん」 「はい?」 「チョコ足す男ってなにになりますか」 あ、だめだこりゃ。 そんな水素+酸素→水みたいにチョコ+男→???みたいな反応式ないから。 俺は基本的に甘いものが好きだし、貰えたら喜んできたけど彩綾にだけは違った。食べれる?と失礼なことを思いながら受け取ったけど、それはバレていてフォンダンショコラしか作らないから!と怒られた。 フォンダンショコラが何か知らなかったけど、中が生なあれは普通に美味しかった。彩綾はきっとお肉をレアに焼くのもうまい(そうして焼いていいお肉しか買えなくなるけど)。 って話は逸れたけど、つまり反応なんて人それぞれだ。 「分かんないけど、俺は今日鈴木さんにごめんって仕事押し付けられても無言で受け取ります」 「それは嫌です」 「大丈夫!今年は本番が日曜日だから会えるし」 「逆チョコですね」 「そう!と言っても私もあげるんだけどね」 そっか。 俺も去年はそうだったな。 お互いにチョコをあげたし、ホワイトデーは穂高さんがネクタイを買ってくれるついでに俺も穂高さんにひとつ買った。 たまにそのネクタイが今日着て行くスーツと一緒にリビングに出てるのを見るとその日の俺は少し機嫌がいいっていうことはきっと穂高さんは知らない、俺の秘密のつもりだ。

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