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そして俺の悲劇はこれに止まらなかった。 阿川くんの相談とも愚痴とも言えない話を聞き、適度に相槌を打ちつつちゃんと話し合うように勧めただけでも俺は褒めてもらいたい。 そんなことをしてる暇があるならさっさと仕事して帰りたいのに。 「伊藤さん!遅いですっ、ずっと待ってたんです」 と、技術部の事務室に入ると田中さんに出迎えられた。 「伊藤くん大人気だね」 「内村さん、俺は助けて欲しかったです」 「まあ、仕事に影響が出ないようにね」 「もうすでに今日の残業が決まりました」 いつも残業してるけど、いつもより1時間くらいは長く残ることになりそう。泣きたい。 「伊藤さん、俺のことほっとかないでくださいっ」 「今はもう仕事中なので、また今度。来週になったら話を聞きます」 「来週!?昼休みとかありますよね?」 「ご飯くらいのんびり食べさせてください」 「えっと、なら仕事終わりに……」 「家に帰らせてください」 「俺の一大事です」 絶対深刻じゃないやつ。なんか俺悪いことした? なんで昨日の幸せが続かないかな。俺いつからこんなにも人のことに首突っ込む人間になったんだろ。 そんな自分に嘆きたかったのに、仕事がそれを許さない。 相変わらず人のキャパシティを考えずに持ち込まれる仕事に泣きたくなるけど、泣いてる暇があるなら手を動かさなきゃ終わらない。 やっても終わりは見えないけど、やらなきゃ帰れない。 今日もこうして俺は仕事に追い詰められていく。 「伊藤さん、いつ頃終わりますか」 「もう帰ってていいですよ」 「困ってるんです、後輩を見捨てますか」 「はい、割とあっさり」 「そんなっ!」 俺が相談を持ち掛けられて見捨てない後輩は2人もいるから間に合ってる。 それに田中さんの相談ってきっとこれまでまともに人間関係を築けてきた人から見たらはい?って首を傾げたくなるようなことに違いない。 「実はですね、昨日原田さんとお会いしまして」 「チョコレートをいただいたんですがどう受け取ればいいのか分からず、いったん保留にさせていただいてるんです」 ………ちょっと待って?この人今なんて言った??? 保留?え、ちょっと待って?え、ええっ!?バカなの?この人どんだけバカなの?? 「間違った受け取り方をしては失礼かと」 「その行動が何よりも失礼だと思います」 「?」 田中さんの方を向かず、視線はパソコンのままだけど口だけ返事をした。 拗らせてるとも知ってたしだいぶ変わってるのも知ってるけど、想像を超えていく。それならどう受け取ればいいか分からないなりにありがとうと言って不器用に受け取ればいいじゃん。なにその保留って。失礼にも程があるっていうかなんていうか、とりあえずあり得ない。 「俺、もしかしてやらかしてますか」 「思いっきり」 「………」 間違いなく。100% そんなことするくらいなら会わなきゃいいのに何やってんだよこの人。 「そのあと原田さんの様子はどうでした?」 「なにやら落ち込んでいたように見えました」 「でしょうね」 「理由分かるんですか?」 「なんで分からないのかが分かんないです」 なんで分かんないの。 相手の気持ちになって考えようって確か小学生くらいの時に道徳とかそんな授業でなかった? あれがそんなに役に立つとは思わないけど、小学生で考えさせられることを28にもなって学ぶ社会人………うーん残念。 「せっかくなら、ちゃんと喜んで貰えるように受け取りたいです」 「それで勇気を出して渡したものを保留にされた方はどうでしょうね。できるだけの笑顔でありがとうでよかったと思いますよ」 穂高さんは一緒に作ったチョコでもありがとうって笑って受け取ってくれた。なんか細かい作業は穂高さんに丸投げしてた気もしなくはないけど、それでも穂高さんは文句を言うことなく意外と美味いじゃんと食べてくれた。それだけでいいのだ。なんならそれがいいのだ。 ちゃんと受け取ってくれるだけでいい。 そのあと田中さんは俺に向かって必死のフォローを試みるけど、それをする相手を間違っていることもきっとこの人は気づいていないんだろうなぁ。

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