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2-42.
寝たのが遅かった割にこんななもすっきりと起きれたのはきっと穂高さんのおかげだ。
抱きしめられて眠って、そのあったかい体温のおかげできっと眠りが深かった。
俺がリビングに行くと穂高さんは当然起きていたし、ミホちゃんも起きていた。ただ、起きていると言うにはちょっと違う気もする。
「おはよぉ」
「おはよう」
「ミホちゃんどうしたの?」
「流石に飲みすぎたんじゃねえの?」
「ざ!2日酔い!」
「………頭キンキンするからおっきい声出さないでくれる?」
「うわぁ、怒ってるのに全然覇気がない!」
吐くとか気持ち悪いは無さそうだけど、頭が痛くて堪らないらしいミホちゃんは俯いて頭を抑えている。2日酔いってしんどそうだなあ。俺はすぐに酔うけど寝て起きたらすっきりなタイプだからこんな経験はない。
「誠、悪いけど穂積に運べる?」
「うん、いいよ。あ、お粥だ」
「誠のはお粥じゃねえよ」
「………卵かけご飯!」
「穂積に手がかかってるからな」
「大好物っ!」
やったあ!ミホちゃんありがとう!穂高さんって料理はちゃんとする人だからかあんまり卵かけご飯になる日がないんだよね、嬉しい!
「はい、ミホちゃん」
「さんきゅ。ああ、頭痛え」
余程痛むのかこめかみを抑えたままスプーンを手にするミホちゃん。穂高さんのお粥はきっと美味しいよ。残念ながら健康優良児すぎる俺は穂高さんの作ったお粥なんて七草粥くらいしか食べたことはないけど、七草粥ってこんなに美味しいんだ!と思うほどに美味しかった。
ソファに座ったまま食べるミホちゃんを置いてダイニングに行くと卵かけご飯とお味噌汁が並んでいて俺もいただきますと手を合わせて朝ご飯を食べた。
朝ご飯を食べるとバタバタと出勤の用意をして、いつでも家を飛び出せる格好になってリビングに入るとまだミホちゃんは死んでいる。
「俺行ってくるね」
「気をつけていってこいよ」
「はぁい、行ってきます。ミホちゃんはゆっくり休んでね」
「いってら」
ソファに沈んだままのミホちゃんも言葉だけで見送ってくれて、俺は仕事に行った。
週初めからなかなかに濃い始まりをしたけど、それ以外はあまり変わりなく仕事が持ち込まれた。
社会人の辛いところは、プライベート(恋愛)でたとえ何があっても働かなくてはならないことだ。
俺も入社して1ヶ月が経った頃、彩綾にボロカスに言われた翌日だって変わらない社畜ぶりだった。だけど、やっぱり世の中にはそれさえ分かっていない人はいるものだ。
「ちょっと田中くん!?これなんか表おかしくない?」
「え、あ、すみません。あれ、単位が変ですね」
「結果もありえないと思うんだけど、合ってる?」
事務室に駆け込んできたのは営業さんで、焦ったように田中さんに質問を繰り返しているけど田中さんはそれどころではなさそうだ。
「………すみません、やり直します」
「昼食べてから先方行くから、昼までによろしく」
「はい」
やり直しになったものを受け取るその様子は、おかしい。
落ち込んでいるというか、元気がないというか。
原因は予想できるけど、あればっかりは本人が悪い。渡したチョコをまさかの保留、絶望だ。田中さんがだいぶ変わった人だと分かってくれているとは思うけど、原田さんは日曜日にわざわざ田中さんに会って渡そうとしたんだからその気持ちが詰まっていたと思う(本命かどうかは置いておいて)。
それが保留、うん悲しい。
そのあとも営業さんだけでなく、実験室でも小さなミスを重ねていて、ちょっと、いやかなり困る。
プライベートが充実してようが悩みだらけだろうが、仕事はちゃんとしなきゃいけない。
「田中くん、今日は事務室で仕事しようか」
「あの、でもこれ……」
「それは俺がやるから。そのまま水入れたらかなり危ないから、ね?」
野田さんが止めるのも無理はない。野田さんが止めなくても気づいたなら誰でも止めてた。そこに水を足すなんて実験の初期に習うしてはいけないことのひとつ。
「仕事さえ出来ないなんて、俺って、俺ってほんと……」
「あ、いや、全然責めてないからね?疲れてると爆発させたくなるときあるよ、分かる!分かるよ」
野田さん、そこに水を足しても爆発はしませんよ。激しく沸騰してやばいことになるだけで。
ちょっとどころじゃない、かなりひどい化学熱傷になるとは思うけど、爆発はしないはずだ。
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