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2-54.
前田さんに待ち伏せをされて、それを素直に穂高さんに愚痴ってしまった。
隠しておくのも変だけど、言うのも間違ったかもしれない。なんて思ったけど無駄だった。
寝起きの自分の体を見下ろすと胸と太もも辺りには歯形やら鬱血痕やらがたくさん残っていて、そのひとつをそっと撫でる。寝て一晩経つと痛みなんてほとんどないそれ。
そうして思い出すのは昨夜の情事。
気持ち良くって逃げ出そうとした体を抑えて、気持ちいいところを遠慮なく突かれて俺は泣きそうになりながら快感を追った。気持ち良すぎて我慢できなくてきゅううっと体に力が入ると、力抜けとぺちりと叩かれて余計きゅんてした。抑えられることも、軽く叩かれるのも穂高さんにされるのはゾクゾクして、興奮材料にしかならなかった。
ただ、朝から考えるのは失敗だった。
前日に出し尽くしたと思っていても起こる生理現象に、ちょっとムラムラが入ってなんとも微妙な気持ちになったけど、どうしようもないからそのまま起きて服を着てからリビングに行く。
「おはよぉ」
「おはよう。体平気か?」
「うん、乳首がちょっとジンジンするくらい」
「それは別にいい」
良くないから!穂高さんとエッチした後って噛まれすぎてちょっとぷっくりしてて可哀想なんだから!
と言っても切れたりしたことはないから、穂高さんはきっとその加減を分かってやってると思う。
「今日で2月も終わりかぁ」
「明日から3月か」
「忙しくなるね」
「はあ」
穂高さんがうんざりするほど忙しくなると分かってても、不器用に甘える可愛い穂高さんを思うと俺の顔はつい緩んでしまった。そんな俺の頬をむにゅっと摘んでくるけどあんまり痛くなくて、俺はへらっと笑った。
そんな風に2月最後の日は家でのんびりまったりと穂高さんと過ごした。
そうして3月に入り……俺は帰宅できない日が続いた。
「伊藤くん、ここは絶対に隠して欲しくて」
「伊藤くん、このデータは類似品の参照とかも出しておいて」
「伊藤くん、こっち写真とか付けたら分かりやすくない?」
と伊藤くん伊藤くんとみんなが俺を呼んでくれる!全然嬉しくないけど!
3月に入り、ふらりと社長がやって来て、本社の営業と技術部を集めてこれまで試作として幾つかの取引先だけにやってきたものを正式に製品化することが決まったと言った。前々から上でその話は出てたらしく、今回ようやく決定したらしい。
それに際して、俺には製品のデータやら特徴をまとめる作業やこれは載せて欲しい載せて欲しくないだのの注文が山のようにやってくる。
加えてこれは技術面で特許出願をするらしくて忙しさはやばい。
流石の状況に俺しかできない検査を除いては俺に降ってくる検査依頼はかなり少なくなっているけど、それでも時間が足りない。もう、泣きたい。
「………帰りたい」
「伊藤くんのその呟き、最近死にたいに聞こえるよ」
「鈴木さん、実際このままが続くなら俺は死にます」
「また痩せた?」
「どうでしょう、体重計に乗る数十秒も寝たいです」
「これ、あげる。よく効くよ」
にこっと笑って花を添えてくれるけど、渡されたのは栄養ドリンクだ。100円ちょっとで買える可愛いやつじゃなくて、1本500円1000円とかはするであろう立派な栄養ドリンクだ。
ありがたく頂いて、それをぐびっと体に流し込む。まずい、まずいけどこのドーピングは欠かせない。無理、仕事が多いだけじゃない。多い上にややこしくてめんどくさくて頭の方がキャパシティオーバーを起こしたがってる。
3月なのに、せっかく可愛い穂高さんが家にいるのに俺が帰る頃には毎日寝てるんだよ!仕方ないけど!
そんな毎日も6日続けばようやく、ようやく定時で帰れる土曜日がやってくる。ヘロヘロになりながら原付に乗って、いつもよりもとろいペースで原付を走らせて家に帰る。今飛ばしたら俺事故る、視界の情報処理が追いつかない自信がある。
「ただいまぁ」
ぐったり、と玄関に倒れ込みたいのを我慢して靴を脱いでいると、おかえりと穂高さんの声が聞こえた。当たり前だ、穂高さんは休みだし家にいるのが当たり前なんだけど。
俺はむくっと顔を起こして靴をぽいぽいっと投げ脱いでリビングに走る。
そしてソファでテレビを見ていた穂高さんに思いっきり飛び込んだ。
「っ、痛えよ」
「ゔっ、ううっ、、ぼだがざぁぁん」
「誰だよ」
きっと呆れたように笑ってるんだろうなって思うけど、見上げてみても俺の視界が歪みすぎてて穂高さんの顔の輪郭さえぐにゃぐにゃだ。
「ゔうっ、ぼだがざぁあん」
「それ俺じゃねえよ」
「ずびっ、じんどい゛ぃ」
「体?」
「じごどぉ」
体はすこぶる元気だ。
朝の7時過ぎに出勤して毎日日が変わるまで仕事が山積みな生活を1週間送っても残念なくらいに元気だ。
ただ穂高さんには会えないし、当然会話もできないし、せっかくの3月だというのに可愛い穂高さんの癒し隊員(仮)の役目も果たせていない。
俺が社畜なのは置いておくとして、もう少しプライベートな時間が欲しい。ってそれがないから俺は社畜なのか。
そんな結論が出ると、ただでさえ決壊してたはずの涙腺が完全に崩壊して1週間溜め込んだ涙が溢れ出した。
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