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2-58.
3月に入ってからまさかの禁欲生活を強いられている俺。
ホワイトデーの日曜日だって体重計に乗っても50キロを切るという事態で、穂高さんに睨まれて怒られた。ちゃんと食ってんのかよと言われ、なんか色々食べることに関して言われた気がする。
だけど、3週目にしてようやく少し落ち着きを見せ始めた。
というのも頼まれたものは出し切ったし、足りないものはあるけどそれは大学に行かなきゃデータの取り直しは出来ない。そして、大学に行けそうな日を作ることも出来るようになったからようやく、本当にようやく落ち着いてきた実感がある。
「穂高さん、今日は早く帰ってくるね!」
「当てにせず待ってる」
「うわあひどい」
そういう割に俺は怒ってないし、けろっと笑ってる。
最近の様子じゃそうかも知れないけど、今日は大学に行くわけだし大丈夫。日帰りだから直行直帰。いつもと同じ時間に家を出るけど、大学に行く日は大体ホワイトだから遅くても8時には帰ってこれるはず。
そう思うと俺の足取りは軽かった。
久しぶりの大学に行き、分かっていたけど学生課で彩綾に会う。
「久しぶり」
「久しぶり」
「教授怒ってたよ」
「もうちょっと纏めて送ってこい!って感じ?」
「そうそう。何回送ってくるんだ!って」
「それ俺じゃなくて俺の上司たちに言って。後から後からこれもあれもって言われて、俺も大変だった」
「そうなんだ?はい、終わったよ」
俺が何も書かなくても俺の個人情報なんて知りまくってる彩綾だから勝手にいろいろしてくれた。
そうして許可証を受け取り、教授の研究室に向かった。
「おはようございます、Zコーポレーションの伊藤です。教授おやつありますか?ってかなんでこんな散らかってるんですか?」
「お前が適当に送ってくるからだ!」
「上があれもこれもってうるさくて仕方なかったんです」
「もう少し待って送ればよかっただろ」
「はぁい、あ、これ食べていいやつですか?」
「何しにきたんだ?その辺にあるのは好きに食っていいぞ」
「ありがとうございます!あとコーヒーください」
「伊藤が来ると本当にうるさいな」
「早く、砂糖たっぷりですよ」
長旅してきたんだからちょっとくらい労って欲しい。今はいいじゃん、ゼミ生居ないし。
俺はなにも気にせず教授が淹れてくれたコーヒーとその辺りにあったお菓子を摘む。
「うぅ〜ん、やっぱり微妙」
「なら自分でやれ」
「俺がした方がもっとひどい味になるんで我慢します」
そうして朝からつまんない話をして、俺は教授と今度こそ最後になるであろう測定に取りかかる。この時期は学食がやってないのも知っているから、買って来たおにぎりなんかを食べながら測定をするとあっという間で、予定よりも少し早く測定が終わっていた。教授が手伝ってくれていたのも大きいけど。
「ああー、終わったぁ!」
「お疲れ」
「教授もありがとうございました」
そうしてガバッと頭を下げる。
この人には学生時代も、社会人になってからもお世話になった。そんな思いで頭を下げた俺を慣れない感覚が襲う。
それ自体は良くされる。だけど、いつもされるそれよりも雑というか、荒いというか、遠慮気味というか。
俺がきょとんと顔を上げると教授は俺の頭をわしわしと撫でた。撫でるというには全然可愛くない力加減だけど、こんなことをされたことがない俺には戸惑いしかない。
「よくやったな」
「へ?」
「俺はこれが立ち上がった頃から意見出してるんだよ。これを無害化するなんて無理だろって思ったのにあの手この手考えたのが伊藤の会社だよ。全部伊藤がやったわけじゃないにしても、こんだけの責任重いだろ。良くやってるよ」
研究者として、研究の苦労も、それがいかに外部に漏れちゃいけないかとか、いろんなことをちゃんと分かってる教授の言葉。油断していた俺は涙を堪えるので精一杯だった。
教授にはどんな顔してるんだと言われたけど、教授が悪い。学生時代から遡っても俺を褒めたことなんてほとんどない。教授が誰かを褒める姿だって、俺には覚えがない。
俺にとっては近い人だけど、研究者としてはよっぽど遠いはずの人がかけてくれた言葉は優しい重さがあって、泣きそうだった。
本当に重いんだよ。
俺、結構打たれ強いはずなんだけどそんな俺でも精神的にキツいなって思うくらいには責任が重い。
「大丈夫だ、伊藤は良くやってる。自信持ってちゃんとやれ」
そんな教授の言葉にやっぱり泣きそうになったけど、それを隠してありがとうございますと頭を下げて研究室を出た。
帰りには学生課で彩綾に泣いたの?と言われて、ごまかし方も思い浮かばなくて緊張の糸が切れたと呟いた。
そんな俺に彩綾までお疲れ様とあったかい言葉をくれたからまた泣きそうになって、彩綾に笑われながら大学を出た。
知ってた、生まれた時からそうだった。
俺は本当に、人に恵まれている。
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