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2-62.
世の中にはほんといろんな人がいるもんだと思っていると腕に鈍い痛みが走る。
今俺の腕を握るのは穂高さんで、そんな穂高さんの顔は見たこともないくらい痛々しい。
あ、俺知っちゃったんだな。穂高さんにとって知られたくなかったことを、今俺は人伝とはいえ知ってしまったんだなとぼんやり思う。
「気持ち悪ぃ」
「へ?」
「はい?」
そんな言葉を吐き捨てた穂高さんを見上げると、ただ冷たいだけの目がそこにあった。
俺はこんな目をした穂高さんを見たことはない。俺に向けられたわけではないはずだけど、こんな目で見られたくない。
冷たい目をしていても、その奥にほの暗い欲望が見えるような、そんな目しか見たことない。こんなただ、嫌なものを見るような目で見られたことはない。
そして、その目のまま穂高さんは続ける。
「誰がお前にそうしたいっつった?」
「俺が最初に言ったことすら忘れたか?」
その時のことが全く分からない俺は完全に部外者だから見守るしか出来ない。聞かれた前田さんはなんのこと?って考えを巡らせているけど、思い当たることはないらしい。
「他所に尻尾ふんな。俺は最初にそう言ったはずだ」
「うわぁ、穂高さんって昔から穂高さんなんだね」
「………お前が口挟むとどうにも軽くなるから黙っててくんねえ?」
「ええっ!」
そんなぁと落ち込むと、俺を見ていた穂高さんは掴まれた俺の手首に目がいったらしく手を離した。そして、さっきよりも赤くなった腕を見て悪いと、辛そうな声で言った。
俺は平気!とにっこり笑った。今きっと、1番痛いのは穂高さんだよ。
「なんだよ、そんなことでさえ出来ない人なのに!俺だったら全然良いのに!我慢ばっかさせてんのになんでその人のこと離してくんないんだよ!」
「………」
「俺は確かに前田さんがされたいと思うようなこと、出来ないことの方が多いです」
「だったら普通の人と付き合えば良いだろ!」
「けど俺は、穂高さんにこんな顔、絶対させない」
「この人はこうやって冷たい顔してる方がいいに決まってんだろ」
前田さんはただ冷たい目した穂高さんに、すがるような目を向ける。
その目は、どうしようもなくて穂高さんにねだる俺に似てるような気もするけど、違うことは絶対にある。
「俺は穂高さんを傷つけない」
「は?」
「穂高さんがしないで欲しいことも、しない」
「何言ってんだよ」
「優しくてあったかいこの人に、冷たいことしか求めないような人には絶対にあげない」
この感情は怒りだ。
自分の気持ちを押し付けて、穂高さんにあんな痛々しい顔をさせたこの人に対する怒りだ。
「穂高さん、帰ろ?」
そう言って見上げた先にいる穂高さんはすました顔を越えた無表情で俺を見る。そんな穂高さんに笑いかけて、勝手に手を取ってアパートの中に促す。
「許さないから」
「は?」
「穂高さんを傷つけることは、許さない」
僻みも嫉妬も、俺にぶつけるなら好きなだけしたら良いよ。なんでお前なんだよなんて数えられないくらい言ってくれて構わない。
だけど、穂高さんにこんな顔させるなんて、それは絶対に許さない。
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