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2-63.
ようやく部屋に帰ってきた俺を出迎えたのは、作りかけだったであろういい香りが充満した空気だった。
クンクン
クンクン
「これはカレーだ!」
「肉じゃがだ」
「え、カレーのルウない?もうお腹がカレーになったんだけど」
「悪いけど炊き込みごはん」
「おうのう」
白ご飯だったらカレーに出来たんだけどな。
あ、でも待てよ。
「炊き込みごはんカレーも美味しいかもよ?」
「俺は嫌」
そう言われて終わる。
なんて言っても作るのが穂高さんだから俺は意見を言うだけだ。炊き込みごはんカレー、母さんに提案したら名案やん!って多分作ってくれると思うんだけどなぁ。今度家に帰ったら言ってみよう。
そうして穂高さんは途中だった料理を完成させて、2人で仲良く食べた。そのあともいつもと変わらず、俺はお風呂に向かって頭を乾かさずにリビングに戻る。
俺からドライヤーを受け取った穂高さんは俺の後ろに座って頭を乾かしてくれる。その手がいつもより遠慮気味だったのはきっと、気のせいじゃない。
頭が乾いたのか、穂高さんの手はドライヤーを離し俺のお腹に回ってきた。後ろからぎゅうっと抱きしめられた。
俺は何も言わずにそのまま体を預けてみる。
「事実だよ」
「うん?」
「あれの体は、俺が付けただけじゃないけど、ひどいもんだ」
ちょっと言い訳じみたことを挟みながら、言いづらそうに言う。
そうなんだ。前田さんはそういうのされるのを好む人なんだ。
俺にはちょっと理解できないなぁ。
穂高さんは懺悔でもするように俺にごめんっていうけど、俺に謝るのも変な話だ。と言っても前田さん本人はそれをしてって言ってるんだから穂高さんのごめんを受け取れる人はいない。
「やってた時は、ゾクゾクした」
「そんなことして、興奮するようなやつだよ」
後ろから、穂高さんの弱い声が降ってくる。
「知られたくなかった。今更お前がいなくなるとか、もう無理なんだよ」
そうして腕に力を込めて俺をぎちぎちと抱きしめる。
穂高さんの気持ちが伝わるような抱きしめ方に、俺は少しキュンとする。
「俺にそんなことしたかった?」
「そんなわけないだろ」
「うん、知ってる」
「穂高さんは最初から傷が残るようなことはしないって言ってくれてたし、その通りだった。ちょっと擦っただけでも俺以上に気にしてくれたよ」
俺はちゃんとそれを知ってる。
ちょっと無茶なこともされなくはないけど、かなり恥ずかしい思いもさせられてるけど、俺が無理すぎて泣いてしまえば穂高さんはやめてくれる。
もうだいぶ前のことだけど、漏らしそうで泣いた時は穂高さんは弱ったようにやめてくれたのも覚えてる。
結局それとは全く違う形で漏らした俺がいるんだけど、それは今は置いておこう。
「昔はそうして傷つけたかったの?」
この返事によって俺の言いたいことは変わる。
この質問は少し考えるようにしてから、たぶん違うと答えてくれた。
「それがいいっつーならやれなくはないけど、好みはしない。痛いだろうことはするけど、傷はつけたくない」
「それでも、やっちまえば興奮するからほんとどうしようもないんだけどな」
そうして穂高さんは自虐で締めくくった。
「辛かったね」
「は?」
「したくないことするって、嫌じゃない?」
穂高さんはエッチなことする時はちょっと(?)さでぃすてぃっくというか、けしてノーマルなエッチとは言えない。だけど、何をしたとしても俺の体が壊れるようなやり方もしないし、そのあとは俺の体の様子を気に掛けてくれる。
出来る出来ないじゃなくて、したいしたくないで考えたい。
「俺、やっぱり今の穂高さんが好きだよ」
「………」
「エッチは意地悪で甘ったるくて、優しい穂高さんが好きだよ。したくないことをして、興奮して、それでも傷ついてきた穂高さんも好きだよ」
傷つけたのに傷つくなんて変だっていうかも知らないけど、それってあると思う。
「優しいところをすり減らしてまでしなくていいと思うよ。俺はそんなの、求めないよ」
俺のお腹にまわる手にそっと手を重ねて、出来るだけ静かに言う。
俺は穂高さんが泣く姿を見たことはないし、見たいとも思わない。好きな人には笑ってて欲しいなって思うから、今少し肩が冷たいのは俺の汗ってことでいい。
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