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2-64.
そうしてどのくらい経っただろう。
穂高さんはようやく俺を抱きしめる腕の力を緩めた。
ぎちぎちに抱きしめられていたけど、すごく求められてるみたいで嬉しかったんだけどな。穂高さん的にはきっと顔を見られたくなかったんだと思うけど、見るつもりはそんなにない。
「ありがと」
そんな言葉に俺は緩く首を振る。
お礼を言われるようなことをしたつもりはない。
だけど頭を振れば穂高さんには髪がくすぐったかったみたいでくすぐったいと言われた。
「そういえば穂高さんなんで気づいたの?」
「煮込んでる間に洗濯物入れようとベランダに出たら叫んでるあれの声が聞こえた」
「ああ、なるほど」
それで慌てて火を消して駆け付けてくれたんだ。
俺の心配じゃなくて自分の心の心配をしてあげて欲しかったけどなぁ。
「穂高さんは俺より自分の心配してよ」
「俺はいいんだよ。今はどうあれ当時はそれをやったんだから自分の責任だろ。誠を巻き込むのは違うだろ」
「うーん、でも前田さんは俺に不満があるんだから自分じゃ俺に勝てないって知るべきだよ」
「強気すぎねえ?」
「エッチに関しての相性的なのは穂高さんにしか分かんないし、性格的な相性も穂高さんにしか分かんないけど、1個俺にも分かってることがあるよ」
「なに?」
「俺は他の人に尻尾振らないよ。それをした前田さんを穂高さんは絶対に受け入れない」
それだけは自信がある。
穂高さんは俺にも最初に言った。
尻尾を振るのは許さない。
独占欲の強さは昔から変わらないんだなぁ。
その中で、傷つけて、後悔して、だけど変わらない性癖を嫌になったこともあっただろうなぁ。
「俺のことは大丈夫だよ。穂高さんが、前田さんがいいなんて言い出したら相当泣くけど」
「お前さあ。どんだけ自分が愛されてるか分かってる?」
「へっ?」
え???聞き違い?
好きって言葉さえほいほい言うタイプじゃない穂高さんが今愛してる的なこと言った?
え、やばいどうしよお嬉しい!
思わず穂高さんの方を向くと、いつもよりちょっと赤い顔した穂高さんがいる。
「やばぁい!もっかい!もっかい言って!」
「アホか」
「もっかい!」
「………風呂行って来る」
「そんなあっ!」
縋り付こうとした俺を躱して立ち上がってリビングを出る穂高さんを見送った。そして俺は背もたれをなくしてラグにゴロンと転がる。
思わずって感じで言っちゃったのかな。
ちゃんと言ってよ!って気持ちもあるし、ぽろって口から出ちゃうくらい当たり前にそう思ってくれてるのが嬉しい気持ちもある。どっちにしても俺は緩む頬を隠せないままお風呂に行く穂高さんを見送った。
「うわぁ、俺も顔熱い」
自分の頬を触ると手よりもずっと熱い。
こりゃ俺も赤かったかも知んないけど、うっかり言っちゃった穂高さんの方が恥ずかしいよね、きっと。
嬉しい、嬉しい。
面と向かって言われたら俺死ぬかも。
やっぱり言って貰わなくて良かったかもしれない。
あつい!と少し窓を開けてほてった顔を冷ましてリビングに戻る。穂高さんはまだお風呂から帰ってきてなくて、俺は少しホッとする。
重たいとかそんなのは全然思わないけど、嬉しくて恥ずかしくて死にそう。顔見れない。
そうしてソファで悶える俺を不審そうに見ながら穂高さんが入って来てたのは、残念ながら気づかなかった。
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