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2-74.
技術部に行くのも忘れて、つい山口さんと話し込んでいると鈴木さんや野田さん、内村さんといった技術部の面々が次々と出勤して、山口さんに久しぶりと声をかけている。
俺や鈴木さんに対しては軽い対応だけど、野田さんと内村さんにはしっかりとした話し方をした上で、これからよろしくお願いしますと頭を下げていたからその辺りはしっかりしてる人なんだなぁと思ったりもした。
「野田さん、まこちゃんって育てがいありそうだけどどうなんですか?」
「ある程度放っておいてもなんとかしてくるからほんと助かるよ」
「野田さん、俺は残念ながら手をかけて育てられる方が好きなタイプです」
「あはは、でもなんとかしてくるから、ね?」
そんなつい、なんて言われてもなぁ。
まあそれはプライベートな話であって、職場でならこれでも構わない。なんなら決まったルールなく、やりたいようにやって来て持って帰って来たらいいみたいなスタイルはなんでもやってみたい俺にはちょうどいいんだけど。
「俺にもまこちゃんみたいな部下欲しいな」
「ところでなんでまこちゃんなんて呼んでるの?」
「伊藤さん居るじゃん?ややこしいし」
「なら私もまこちゃんって呼ぼうかな?」
「伊藤くんのままでいいです。むしろ伊藤くんがいいです」
そうして和やかに話している中、技術部の最後のメンバーの田中さんがやって来る。普段ならこんなところでたむろしてない技術部の面々が集まってるのが不思議だったようで戸惑いがちな声でおはようございますと声をかけてくれた。
「おはようございます」
「………あゆちゃん?」
「………人違いじゃないですか」
嘘つくの下手だな!とみんな思ったと思う。
そしてそれは、俺には考えた末の戸惑いの返事じゃなくて、拒否を示す返事に聞こえた。
「俺、先に事務室に行ってます」
とタイムカードだけを押してスタスタと歩き去った田中さんに首を傾げる人と、あちゃあと頭を抱える人。もちろん頭を抱えているのは山口さんだ。
だけど全員が空気を読めるのか、野田さんがそろそろ行こうかと声をかけたことで深く聞かずに済んだ。こういうのは聞かないに限る。だってどうせ、面倒なことがあったに違いない。
ただ、俺が避けても向こうから飛び込んでくることはある。それは身をもって学んできたはずなんだけど、やっぱり何度経験しても嬉しいものではない。
「まこちゃん」
と、昼休みに食堂で定食を食べていた俺を呼ぶ声。
そもそも俺の人生の中で俺をそう呼ぶ人はこの山口さんしか居ない。だから振り向く前に誰かは分かった。
前いい?なんて聞いてるくせに、聞いたときには椅子を引いてるんだから返事はあまり求められてなかったと思う。
「俺、人生で1番後悔してることのひとつがあゆちゃんのことなんだよ」
「………」
「まあ、当時に戻ったとしても当時の俺はそうしかできなかったと思うけど」
「………」
「俺、あゆちゃんのこといじめたんだよ。引く?」
思ったのはやっぱりなってことくらい。これまでまともな人間関係を築いていなかったはずの田中さん。そんな田中さんの同年代の知り合いなんてそのくらいしか思い当たらなかった。
だけど、俺は引くかと聞かれた質問には何も答えずに山口さんをただ見返した。そんな俺に山口さんは何を考えているのかよく分からない顔をして、淡々と続けた。
「妬ましかった」
「全部独り占めして。俺にはそれが許されない」
「………今もですか?」
「いいや、今は少し変わったかな。家を出て1人になって、思っていたほど酷いことでもなかったんだと思えるようになったときにはハタチとか」
「そう気づいて後悔したならもういいんじゃないですか」
「え?」
「田中さんが謝罪や反省を求めているとは思いません。それをしたとしても山口さんの自己満足で、田中さんの傷をさらにえぐるんじゃないですか」
これは俺の個人的な意見だけど。
望まない相手に謝罪や後悔を押し付けるなんて、自分がその罪悪感を手放して楽になりたいからだ。反省も後悔も大事だと俺は思うけど、それを相手に押し付けるならするだけ無駄だ。
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