357 / 435

2-76.

山口さんがやって来て早数日。 俺が驚いたことのひとつが山口さんのコミュ力の高さだ。この半分………いや、せめてこの2割でも田中さんにあったならきっと田中さんはあんなにも拗らせなかった。 山口さんは自分より先輩の営業さんや製造部の人に可愛がられているし、後輩には親しまれている。 ある意味、これが山口さんの敗因だなと俺は思った。 「はぁ」 「田中さんはため息増えましたね」 「………まさか職場でいじめっ子に会うとか思います?」 「思いませんね」 他の人が知ってるかは知らないけど、俺にはあの人はいじめっ子だとはポツリと漏らしていた。それを聞く前から山口さんに聞いていたし、山口さんに聞く前からそうかもなと思っていたから驚きは何もない。 強いて言えば、俺にそれを話すほどに俺を信用してくれてるのは嬉しいような嬉しくないような、複雑な気持ちを抱えた。 「しかも今更あの白々しい呼び方」 「あゆちゃんの方がいいですか?」 「………田中くんの方がマシです」 「あ、ならいっそ歩って呼べよ!と言ってみたらどうです?山口さんはその辺対応力高そうです」 「それも嫌です」 「伊藤さんはまこちゃんなんて呼ばれて嫌だと思いませんか?」 「ちゃん付け?とは思います。けど、俺に対しては嫌がらせとかじゃなくて伊藤さんとややこしいっていうのと、親しみを感じるからまあいいかなって感じです」 これが不思議なところ。 俺も嫌がらせとしてまこちゃんなんて呼ばれたなら断固として返事なんてしないけど、嫌がらせでもなんでもなく親しみを感じる声色だからか全くもうっ、と思いはしてもやめてくれと強く言うことはもうない。 田中さんの場合、最初が嫌がらせなわけだから絶対に受け入れたくないのも理解できる。 2人とも大人になったからこそ、波風立てずピリピリとした空気で済むけど……。 これが20年前だと考えると田中さんがいじめられてしまった理由はなんとなく、分かる。 人を寄せ集めやすく、親しまれやすい山口さんにとって妬みの対象になってしまった田中さん。そういうつもりがあったかなかったかは俺には分かんないけど、小さい頃なんてクラスの人気者がこいつ嫌いと言えばその人はちょっとクラスで浮いた存在になってしまうだろう。 そしてそれがちょっと空気を読む能力に欠けた田中さんだったとなれば、そのあとはまあこの通りってわけだ。 「でも、田中さんにしては大人な対応ですね」 「俺にしてはって……。関わりたくないだけです。伊藤さんもやめた方がいいですよ」 「あ、訂正します。やっぱり子どもでした」 「なんでですか!?」 分かろうよ。 その自分の味方を増やそうとする感じ、自分と同じ行動をする人を増やそうとするその感じ。 仲間を作って人をハブろうとするその行為の始まりに近い。 もちろん、ここは大人しか働いていない会社というコミュニティだから学校ほど簡単にはいかないはずだけど。 「俺は、やっぱり好きじゃないです、あんなやつ」 「それは自由です」 「?伊藤さんの言ってること、たまによく分からないです」 「それが人間関係です。俺が思ってることが正しいわけじゃないです」 「………答えが欲しいです」 それがないから、みんな必死なんだよ。 恋人でも、友達でも、家族でも。 どんな関係にも正しい答えがない。答えなんて無限大だ。 たとえ周りが見ておかしな関係であったとしても、当人同士がそれで満足してるならそれがきっと正解だ。

ともだちにシェアしよう!