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2-80.

「目的を果たしてから寄り道しろ」 「寄り道してゴールにたどり着くんだよ」 「うるさい。さっさとしろ、んな座って違い分かんの?」 「分かんない。分かんないからこそ分かるまで座りたい」 「はあ」 それはそれは深いため息が降ってくるけど、穂高さんはそばに立って俺の気が済むのを見守ってくれる。 ただ、話していたように俺はいくら座ってみても大きな違いを感じない。皮とファブリックじゃ手触りが違うなと思うけど、ふかふかか硬めか、その違いくらいしか分からない俺にはどうだっていい。スプリングが〜とかそんなの言われても全然分かる気がしない。 「だめだ、俺には分かんない」 「だろうな」 どれだけ座っても分かる気がしないのを再確認したところで、ようやくソファコーナーから抜け出した。 それから少し行くと座卓が並んでいて、この辺だろうと2人して見回す。そして、穂高さんにこっちと呼ばれて行くと季節外れなのにこたつ布団を被った展示品があって、これこれ!と俺は大喜びだ。 「これ、冬の幸せ」 「春だけどな」 「ここに入って食べるみかんは格別じゃない?」 「そうだな」 穂高さんは冬になるとよくみかんを買ってくる。 本人も好きだし、俺も好きだ。 みかんをあったかいこたつでむきむきしながら食べる日常、そんな日を過ごせる当たり前がすっごく嬉しい。 置く場所のスペース的に選べるこたつはそんなに多くなくて、あんまり悩まなかった。 穂高さんが真剣に見たいものはどうやらこれ、カーテンらしい。 「今の家のじゃだめなの?」 「横幅いけるけど縦が無理」 「………?」 「縦の長さ考えると多分オーダーになるから下手したら時間かかる」 「ほほお」 「外から見えてなくても外が丸見えってなんか無理」 穂高さんの言ってることはなんとなく分かる。 こっちから見えてるだけで、向こうからも見える気がするっていうのはなんとなく分かるんだけど。 俺、視力は良い方だけどマンションの8階の家の中なんて窓全開でも見える自信ない。人の背の高さと8階の平均的な高さから考えて、ベランダがなかったとしても真下からその部屋の中が見えるとは思えない。  俺が頭の中でマンションの真下からどのくらい離れたとしたら見えるんだろうとバカな数式を立て始めたところで、穂高さんがうわ、と嫌そうな声を上げて俺は穂高さんを振り返る。 「ふえ?」 「お前は見なくて良い」 「へ?」 え、なにが?なんて思っていると穂高さんのその奥からえっ!?って戸惑いと喜びが混ざったような声がした。 俺にとって嫌な意味で聞き覚えのあるその声。 「ぐうぜ………ってなんでお前も居るんだよ」 「聞かなくて良いぞ」 「ちょっと穂高さん、聞かなくて良いっていうならその手は耳に当てるべきだよ」 「見るのも害だ」 さすがに扱いが酷くて大丈夫か?と俺は思う。 そんな扱いをされた前田さんの表情を確認したくても、俺の視界は穂高さんの手に完全に覆われてるからなにも見えないけど。 「俺は、納得できません。もっとふさわしい人が居るはずです」 「我慢なんて、しなくていい相手の方が、よくないですか?」 見なくても分かる、甘くねだる声。 穂高さんは甘やかすのが上手くて、甘えさせるのも上手だから俺もきっとこんな風にねだってることがあると思う。 だけど、大きく違うのは穂高さんの対応だ。 「お前にそうしたいと思えねえよ」 「でもっ!絶対俺の方が、いいはずです」 そんな前田さんに俺は勝手に口を挟む。 「俺のなにがそんなに気に入らないんですか?」 「全部に決まってるだろ!」 全部かぁ。それは仕方ない。 「我慢ばっかさせて、その人独り占めして……」 わなわな、という感じで言葉を募らせる前田さん。 俺を嫌いなのは別にどうでもいいんだよ、好かれたところで嬉しくもない。 残念ながら俺は痛いことされたいとは特に思う方ではないけど、相手に痛いことをしたいとはもっと思えないのだ。

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