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ゴールデンウィークの楽しい時間はあっという間だった。 2日仕事に行って、また土日の連休で。 今日が月曜日で、またいつもの生活に戻ると思うと行きたくないなぁとほんのり思ってしまう。それでもちゃんと仕事には行くんたんけど。 だけど、今日ほど来なきゃよかった!と思ったことはない。 「おはようございま……す?」 「おはよう伊藤くん」 「社長、どうされたんですか?」 「伊藤くんに出張のお願いをしにね。後その打ち合わせとか。しばらく本社によく顔を出すと思うから、俺の席も用意してもらって良い?」 「ええ、と???」 席のことに関しては、とりあえずそこ俺の席なんで譲ってもらえないですか。そのパソコン、俺のですよ。 まあロックはしてるけど、社長や野田さんにはパスワードの報告義務があるから使おうと思えば使えるだろうけど、それないと俺が困ります。 と心の中で色々なことを思う俺に、相変わらず急にやってくる社長はむちゃくちゃなことばかりをいう。 「試作、もう新製品かな?本社の営業以外はほとんど知らないから、各地の支社に回って欲しいんだ」 「………何日ほどかかる予定ですか?」 「各支社で2〜3日で考えてるから、3〜4週間ってところかな?安心して、沖縄と北海道には金曜の夜に飛んで土日はもちろん休みにしてるから」 「そんな気遣いいらないから東京に帰らせてくださぁぁぁあい」 いや、嬉しいよ? 沖縄と北海道! でも俺1人でどこ行けっていうのさ! そんななら多少無茶でも東京に帰ってきたい! うん?あれ?金曜に沖縄と北海道??? 「あれ、俺、もしかして一度発ったら終わるまで本社に戻る予定なしとかですか?」 「そうだよ、全国巡業的な?」 「的なじゃないですよ!!!」 どういうこと!!! 「社長で良くないですか?」 「今じゃ俺よりも伊藤くんの方が詳しいだろう?それに、支社から何か追加で依頼されて、検査するのは伊藤くんだし」 「う、ぐぐっ、でもぉ」 「社長命令」 笑い皺を増やしてにっこり笑う社長。言葉も表情も優しいけど、その口調は断らせる気がないのは嫌ってくらいに伝わる。 「せめて週末に東京帰らせてくださいぃい」 「現地の営業さんがおすすめの観光地おさえてるらしいから楽しんでおいで」 「いやぁぁぁぁあ」 実費で帰るから! そんな気遣いしなくていいから俺に帰る時間をちょうだいと嘆き倒していると、次々にやってくる技術部のメンバーが諦めろ、と言いたげに俺の肩を叩いて入ってくる。 「伊藤くん、私北海道の美味しいチョコが欲しいな」 「俺は紅芋タルト食べたいです」 「俺は福島のマドレーヌが好きなんだ」 「俺は広島のもみじ饅頭かな」 上から順に鈴木さん、田中さん、野田さん、内村さんとお土産のリクエストが続く。 俺はどれも食べたことないけど多分美味しんだろうな!と思うけど、それどころじゃない。美味しいお土産を知りたいわけじゃなくて、行きたくないのだ。行かなきゃならないにしても週末くらい帰ってきたい。 無理なのだ、穂高さんとそんな、3〜4週間。約1ヶ月も離れるなんて無理なのだ。 そう思っても、社長は野田さんにサクサクと指示を下していく。 そんなわけだから(どんなわけだよ!)伊藤くんは来月ほぼ居ない予定でスケジュール組んでもらって良い?とか、営業部には俺の方から伝えておくから、とか妙に報連相が取れているけど俺にとっては本当にどうでもいい。 「社長ぉお、出張は仕事だから行きますよ!けど週末くらい帰らせてくださいっ!」 「それは現地の人に頼んでもらっていいかな?みんな技術部の新人……って言っても3年目だけど。伊藤くんが来るって聞いて準備しますっていい返事をくれたからね」 「………みんなの優しさが辛いぃぃ」 たまにしか顔を合わせない他の支社の人。 それは例えば社員旅行で、こっちでしかしていない研修の合間で、そんな時に会うくらいで俺が顔と名前を一致させている人は1人だって居ない。それでも何故か、俺の配属柄、支社の人たちは俺の顔と名前を一致させてくれている。 嬉しいんだけど、嬉しいんだけど、辛い。 そうして始まったその日は、各地の支社の1番偉い人からわざわざメールが届いた。 現地の名物を教えてくれて、どれが食べたい?と聞いてくれたり、行きたい観光地は?だったりと遠くからやって来る俺をもてなそうとしてくれているのを痛いくらいに感じて、いろんな意味で泣きそうになりながら仕事をした。

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