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行きたくない行きたくないとごねていても、俺の社内用のメールアドレスには各地の支社の方から沢山のメールが届いた。 それは新製品となったもののデータで特にここが欲しいとか、これは実物を見たいとか、そういう依頼がほとんどな中、ちらほらと俺をおもてなしするためのメールも交ざっていて、すごく複雑な思いを抱えて仕事をした。 約1ヶ月の間本社を空けるということで、俺宛の検査依頼なんかの調整も行われている。と言っても今はまだあまり変わらないけど、出張直前なんかは単発の簡単な依頼しか来なくなるんだろうなというのは予想ができた。 まだひと月後の話なのに、抜ける期間が期間だからと早くからいろんな人が知っていて、みんな俺の気持ちも知らずに欲しいお土産リストなんかを渡して来た。特に同期のみんなは遠慮がなかった。 「はぁあ、ただいま」 「おかえり」 とぼとぼと廊下を進み、リビングに入る。 土曜日の今日が当然お休みの穂高さんがソファで寛いでいて、躊躇いもなくその膝にダイブした。 「行きたくないよぉお」 「ぶっ、顔見りゃそれしか言ってねえな」 「行きたくないもん……穂高さんレスで死ぬ」 「なんだそりゃ」 「禁断症状だよ、むりむり、死ぬ」 「バカな話は放っておいて、出張中に守ってほしいこ「むりだからね、守れないよ俺」 穂高さんが言おうとすることなんて予想がついている。 痩せるなとか怪我するなでしょ。 怪我は大丈夫だけど、痩せるなはむりだから。 実際行ってみなきゃ分かんないけど、本社と同じように忙殺されたなら俺は無理だ、痩せる。 「痩せるなとかじゃねえよ」 「へ?」 「誠のことだ。1ヶ月も1人ホテル暮らしなんて痩せるだろうことは予想がつく」 「………」 「多少痩せてもいいから、元気で帰ってこい」 「ゔうっ、やっぱり行きたくないぃ」 「ただ、痩せて帰って来たら戻るまでは何もしない」 「なんでぇえっ」 ひと月もお預け(?)喰らうのに帰って来てもなの!?とめそめそと泣き真似をする。 穂高さんがそういう以上、多分どれだけ頑張ってねだっても折れてくれないであろうことは分かっている。 なにこれ、出張という名の新手の俺いじめじゃないの?これが正しくパワハラってやつじゃないの?(違う)と俺は穂高さんの膝の上で泣いた。 「夢精対策はちゃんと考えてやったから」 「ぐすっ、オナホは、やだよ」 「はいはい。後で練習しような」 「ちょっと待って、やっぱり嫌な予感がする」 それまで膝に埋めていた顔を上げて穂高さんを見ると、やっぱりというか、意地悪く楽しそうに笑った顔が俺を見ていた。 「ま、待って、嫌な予感が止まらない。やっぱり俺お風呂場で寝る」 「そんな生活1ヶ月もさせれるわけないだろ」 「………ひぅぅ、やだぁぁあ」 待って俺なんかおかしいことになってない? 確かに夢精はしたくない!けどこれもやだ! 「や、やだよ!俺変なもの使うのやだよ!お尻は大事にしてよ!」 「いつも大事にしてるだろ」 「ああああそうだったぁぁ!」 「うるさい」 無茶してそうに見えて無茶してるけど、お尻に酷いことされたことってないんだよなぁ。 「俺は誠がホテルで夢精しようが別にいいんだぞ。焦るお前想像しても楽しい」 「ほんと………」 性格が悪いという続きはもちろん飲み込む。 何も言えない俺を楽しそうに見てるから、俺が言いたいことなんて分かっているに違いない。 「けど、誠の恥ずかしがる顔も好きだからあんま誰かに見せんのも癪」 「………清々しいほど歪んでて、いっそ真っ直ぐな気さえして来た」 もう曲がりきってて、直角に歪んでしまったんじゃないかな。そうなればいっそ真っ直ぐだと言える気がする。 穂高さんはそんな言葉を聞いて楽しそうに笑って、お前にだけだよと言うんだからもう、俺は何も言えなかった。 俺にしかこんな歪んだ感情向けなくていいんだよ、これが心地いいと知ってるのは俺だけでいいんだよ、言えない言葉を飲み込んでぎゅうっと抱きしめた。

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