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2-112.
なんだかんだ嫌いになれない山口さんから依頼を受け取り、ようやく検査や実験に入る。
各地の営業さんから欲しいと言われた負荷条件のサンプルがない場合は新たに作ったりもするから、それなりにやることはあった。
「あいつって、伊藤さんといると普通に笑うんですね」
「そうですね、ちょっとセクハラ紛いだけど、それさえ無ければ嫌いではないです」
「好きってことですか?」
「なんでそう飛躍するんですか」
「………ああ、だめだ俺」
そうだね、だめだね。
そう飛躍した時点でだいぶだめだ。
自覚があるのかないのか知らないけど、そういうのって独占欲とか、恋愛感情とか、そういう類のものが混じっていると俺は思う。
「俺、これからどうなるんでしょう」
「さあ?だけど、俺は無闇に傷つけるのは嫌いですよ」
「はい、分かってます。反省はしてます」
「後悔もしてください」
「………」
返事して!!!
俺にとってえっちなことって絶対に同意があってのものだと思うの。ちょっと、働き出してからの俺の周りにはそうじゃないパターンもあったりはしたけど、俺にとってえっちは同意があってするものってことは何にも変わっていない。
「あいつは、俺のことすぐに気づきました」
「?」
「………中学卒業してからだから、もう13年とか経つのに。他のやつは誰?って感じで、俺のことなんか覚えてないのに」
「それが山口さんの後悔ですよ。忘れちゃいけないことだって思ってたんじゃないですか。それがあって、今の山口さんなんだと思います」
傷つけた方は忘れても、傷つけられた方は忘れない。
だから、田中さんは自分をいじめた人を忘れられない。だけど、山口さんは自分がしてしまったことを覚えている。
「俺にはまだ、過去は過去だと言えないです」
「それならそれでいいと思います。今の山口さんを見ていたら、もう同じことをしてくるような人じゃないってことくらいは分かると思いますし」
「それは………もう分かってます」
「お願いだから暴走はしないでください。みんなが困ります」
「………最大限努力します」
「本とか読まなくていいから、周りの顔色を見てくださいね」
「俺、空気を読むのは苦手だと思うんです」
おお!と手を打って俺はわざとらしく驚いたふりをする。
そこに気づけたのか!えらい!えらいぞ拗らせ系男子!と俺は心の中で拍手を送った。
「ちなみにひとつ質問をしてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「田中さんが誰とどんな関係になっても俺は興味がないんですけど」
「酷いですね」
「原田さんとはどうしてるんですか」
「………それも、よく分かりません」
人の気持ちなんて移ろうものだから、それに関して何も言わない。
俺の場合、付き合ってる時に他の人に目移りしたことも、この子いいなと思って目移りしたこともないけど、そう思ってしまうことなんてないとは言えない。
これでいいかより、これがいいを選びたくなるのは仕方のないことで、これがいいと選んだものでも、上位互換が出てきてしまうと目移りだってしてしまうだろう。
「可愛いなと、思ってたんですよ」
「はい」
「けど………」
「何も聞きませんけど、俺は山口さんのこと可愛いとか絶対に思いませんからね」
「みなまで言わないでもらっていいですか!?」
あ、やっぱり山口さん可愛いとか思うんだ?
末期だな、これは。
「俺は田中さんが原田さんを選ぼうが山口さんを選ぼうが、どっちからも逃げようが何も言いませんけど、不必要に傷つけたりはしないでください」
「………」
「わざと傷つけるのは、嫌いです。たとえそれが山口さんだったとしても、俺は嫌です」
考え方によってはやり返しただけと言えるかもしれないけど、そんな意味のないことしなくていいと思う。
原田さんだって、どこまで踏み込んだ好意か俺は分からないけど、ただ気になるな程度だったとしても、この人好きだなあだったとしても、受け入れられないなら相応の態度を取るべきだ。期待を持たせてごめんなさいなんて、そんな無駄な断り方も、俺は好きじゃない。
「伊藤さんって、人を傷つけたりすることをかなり嫌いますね」
「むしろ好きな人っているんですか?」
「………いると俺は、思ってました」
「今は?」
「明らかに傷つけてみて、不思議な気持ちになりました」
「?」
「すっきりと興奮と後悔が絶妙に混ざり合って、爆発したみたいでした」
「硫酸に水落としたみたいな?」
「すみません、意味がわかりません」
え!?すっごくわかりやすくない!?と思うけど、やっぱりバカなんですねと呆れたように言う田中さんにくっそぉ!と思って終わった。
この人は色々なものを拗らせているけど、少しずつ不器用ながらも向き合おうとしている。
それにどれほど時間がかかろうと、ようやくその一歩が踏み出せているなら良かったなあと田中さんの背中を見送った。
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