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俺は仕事をしにきているのか、人の話を聞きにきているのかよく分からなくなってくる。ただ分かっているのは、そうして手を止めた分俺の帰る時間が遅くなると言うことだ。
「伊藤さん、少しいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
聞こえてきた少し高い声に、遠慮をさせないように出来るだけ笑顔で答える。
これが田中さんか山口さんなら嫌ぁな顔を向けて嫌ですと言うんだけど、相手が原田さんとなると話は別だ。
女の子には特に優しくしなきゃいけないと思っているから、俺は無碍になんてしない。例えこのために俺の帰る時間が遅くなったとしても、だ。
「伊藤さんは田中さんと仲がいいですよね」
「そんなことは、ないと思います」
「私、お兄ちゃんがいるんです」
「うん?お兄さん?」
「はい。私が10歳の時に両親が離婚して、長い間会えなかった兄です」
「………」
それは、なんと言ったらいいか。
俺が10歳の時には上2人の兄は家を出ていたけど、そんな重い理由はない。ただ結婚をしたと言う、言ってしまえばありきたりな理由で。会えなくなったりはしなかった。
「なんとなく、似てたんです」
「田中さんが、ですか?」
「はい。ちょっと野暮ったくて、不器用な感じが。それって、やっぱり好きとは違うんでしょうか」
「………どうなんでしょう?」
俺には同性のきょうだいしか居ないからその辺はよく分からない。けど、もしも俺が女の子だったとして穂高さんみたいなお兄ちゃんが居たら、たぶん。理想の男性はお兄ちゃん!なブラコンになってると思う。
俺にするのとは違う、だけど間違いなくミホちゃんも穂波ちゃんも大事にされている。分かりやす過ぎて、分かりづらいくらいに大事にされてる。
「好きなタイプがお兄ちゃんな女の子って、いい環境で育ったんだろうなぁって思うから俺は嫌いじゃないです」
元カノの彩綾だって、たまにお兄ちゃん鬱陶しいと言いながらも、シスコンなお兄さんのことを嫌ってはいなかった。
なんだかんだ、心配するお兄さんに呆れつつも仕方ないなぁと言いながら付き合っていたから仲は良かったんだと思う。
「いい環境……」
「原田さんにとってどうだったのか分かんないけど、俺はきょうだいのことを大事にしてる人っていいなあって思います」
「………離れてたくせにブラコンなの?とか思わないんですか?」
「離れてた分、お兄さんにしてほしかったこととか色々あったと思います。きっと一緒に暮らしてた時に喧嘩もしてたと思うけど、喧嘩よりも楽しかった思い出が多いから、お兄さんの面影を追っちゃうんだと思います」
なんていうんだろう、思い出は美化される的なそんな感じ。美化できるだけの思い出もあったってことだ。
ただ意地悪されただけじゃなかったんだろうなぁってことが俺にはなんとなく分かる。泣かされたことだって数えられないくらいあったはずなのに、小さい頃は喧嘩するたびにいちゃん嫌いと泣きながら吐き捨てた記憶もあるのに、本当に嫌いだったわけではない。
「ただ、知るほどに田中さんは兄以上に不器用でした」
「………」
「それが悲しかったり、可愛く見えたり」
!?!?
可愛く、見える!?
原田さん、眼科行ってくる?と1人心配をする。あれが可愛い?いや、もうバカ可愛いとか越えてる拗らせっぷりだよ。
「なんていうか、居ないけど弟みたい」
「くすっ、原田さんの9つくらい上だったと思いますよ」
「そうなんですけどね、いちいち空回っているのが放っておけない感じです」
「原田さんは器の大きな人ですね」
「え?」
「俺はプライベートでそういう人と関わるのはやだなぁと思います」
「自分にしか見せないって思うと可愛くないですか?」
「田中さんがダメなのはみんな知ってますよ」
そういうと、ハッと気づいたように目を見開いた原田さんに俺は少しびっくりする。
考えていることは大人らしいことを思っているなと思ったのに、ちょっと大きな盲点があったかもしれない。
「あれ……?」
「原田さんが傷ついたりしないなら、ちょっと手のかかる友達を増やしてあげてください」
「?」
「お兄さんへの憧れなのか、それとも恋愛感情なのか。俺には断定なんて出来ないですけど、原田さんが仕方ないなぁと世話を焼いてあげながらでも関わってくれるだけで田中さんは少しずつ人に近づきます」
「あはは、人ですか?」
「はい」
楽しそうに笑った原田さんに俺は少しホッとする。
拗らせ前回フルスロットルの田中さんに深く傷ついている様子はそんなに見られなくて良かった。
原田さんなりにいろいろな思いがあって田中さんと関わっていて、自分にだってどういう感情か分からなくても、傷ついてないならそれでいい。
関わるだけで傷つくなら、俺は逃げたらいいと思う。
自分を傷つける人と好んで一緒にいるなんて、俺にとっては意味不明だ。
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