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2-133.
長い出張を終え、1ヶ月ぶりに本社に出勤する朝。
6時半に起きて慌ただしく着替えてご飯を食べて、バタバタと出て行く朝が始まる。そう分かっているのに、アラームで起こされて嫌だなぁと布団の上を転がる。こんなことをしているともっと慌ただしくなると分かっているのに、現実を見たくない。
ただ、
「誠、起きてるんだろ」
「起きてるけどぉ」
「さっさと着替えて飯食うぞ」
こうして俺のことを気にかけてくれる人がそばにいる生活に戻れたのは本当に嬉しい。
しっかりと朝ごはんを食べて、お土産は原付の荷台に縛り付けて仕事に向かう。ひとりひとりは少なくても、個別に頼まれたお土産もあるからそれなりに嵩張ってしまった。
そうしてたくさんのお土産と共に久しぶりの本社に出勤し、まだ誰も来ていない事務室にお土産をどさっと置く。ここに食べてくださいと札を立てていると食べたい人がとっていってくれるようになっている。
それからタイムカードを押して技術部の事務室に入っていく。
「おはようございます」
「久しぶりだね、お疲れ様。どうだった?」
「東京が恋しかったです!野田さん、これマドレーヌです。季節限定の味もあったのでそれも入れてます」
「本当に?ありがとう」
そうして次々に現れる人に渡していく。
残念ながら賞味期限の関係でリクエストを買えなかった人もいるけど、それはそれで美味しそうなものを俺なりに見繕ってきたつもりだ。
「田中さんは賞味期限ギリギリ行けたんで早めに食べてください」
「………伊藤さん、本日お時間ありますか」
「田中さんの個人的な相談を聞く時間はないですね」
ばっかりと切り捨ててもどうせ巻き込んでくるんでしょ、多分山口さんが。
そう思っていると田中さんの背後に山口さんが見えるけど、田中さんは気づいていない。
「まこちゃんおかえり〜」
「ただいまです。山口さんにはお土産ないですよ」
「え、まじて?」
「大阪まで一緒だったんで」
「沖縄とか北海道のお土産は!?」
「田中さんに紅芋タルトと、鈴木さんにチョコレート渡してるんで2人にねだってください」
「あゆちゃん、1個ちょうだい」
にこっと笑って言う山口さんと、以前ほどではないもののびくっと驚いたような、怯えたような田中さん。
うーん、この2人も一体何がどうなってるのか。
なぜか俺が渡したお土産全部を山口さんに押し付けようとしている田中さんと、ひとつでいいからと押し返そうとしている山口さんを見て俺は首を傾げる。
以前よりは、仲良し?うーん、でもなんか変な空気。
「まこちゃん」
「嫌です」
「今日俺本社でお昼食べれるからよろしく」
「よろしくしたくないです」
「まあそう言わずに、ね。まこちゃんの秘密ばらすよ」
「ふあっ!?」
「俺には餌付けされてくれそうにないし、そうなれば脅すしかなくない?」
「こんなに堂々と!?」
俺の秘密って、俺が男の人と付き合ってるってことでしょ?こう言ってたって、俺がもしご飯を断ったところで言いふらされたりはしないだろうなって思うけど、人を脅すなんてなんて人だ。
「山口さんの奢りですよ」
「いいよいいよ!スペシャル定食くらいいっとく?」
「俺日替わり定食が好きです」
「ええ」
「毎日頼んでも前日と同じにならない安心感が大好きです」
俺が日替わり定食が好きな理由はそれ。
ごくごく稀に、日替わり定食の献立と夜ご飯が被る日もあるけどそれはそれ。
スペシャル定食だと毎日見に行ってAかBか選ばなきゃいけないし、俺には日替わり定食が合っている。
そんなやり取りをしてから、山口さんは野田さんからデータを受け取って事務室から消えていった。
ふむ、今日の本命の用事はあれだったんだなぁとパソコンに手を伸ばすと、俺の視界ににゅっと田中さんが入ってくる。
「どうしました?」
「頼むから止めてください、本当にお願いします」
「はい?」
「お願いします、山……口、さんを止めてください、お願いします」
「???」
何、その必死な顔。
あと、俺がいない間に少し成長したんですね。あいつとかそんな言い方じゃなくて、ぎこちないけど名前を呼ぶようになっていた。
社内の空気を穏やかに保つには大事な大事な気遣い。
それが少し身についたのなら、コミュ症の田中さんにとってもいいことだと思う。
「何かありました?」
「三途の川に自分を叩き落としたいです」
「山口さんをじゃなくて?」
「俺です」
???
本当に何かあったんだろ。
それ自体は興味本位で気になるけど、首を突っ込んで楽しいなと思える内容じゃないことだけは確かだ。そうは言っても数時間後には無理やり巻き込まれそうな予感しかしないけど、わざわざ自分から突っ込んで聞こうとは思えなかった俺は、三途の川は渡るものですよと訂正をするだけに留まった。
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