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昼休みにひどく廃れた話を聞かされ、まだ仕事があるのか……とうんざりしている俺に次々と仕事を持ってくる営業さんに泣きそうになりながら、俺は残業後定時を超えてせかせか仕事をする。 「伊藤さん」 「田中さん、俺は何も聞きませんよ、聞きたくないです」 「山口、さんから聞いたんですよね。俺どうしたらいいと思いますか!?」 「知りませんよ、心のままに生きてください」 「………欲望のまま?」 ちょっと!勝手に変換しないで! 心のままにと欲望のままには違うから! 「………田中さん」 「はい?」 「俺は田中さんの好きなものを理解できる気はしないんですがひとつだけ言っておきます」 「はい」 「手に入れちゃえば寝取られ系じゃなくなりますよ」 俺がその事実を告げると愕然とした表情をしていたからその辺りの事実はすっぱ抜けているらしい。 この人、頭大丈夫か? 「もっと言えば、あれは寝取られというよりも無理やりですよね。俺がすっごく嫌いなジャンルです」 そう、その辺はちょっとむり。 どうせ見るなら後味のいいもの見ようよ。 「………そういう系も俺は好きなんですけど」 「好みについては何も言いませんけどね。どっちにしたって手に入れれば寝取られでも無理矢理でもなくなるわけです」 そう、手に入れれば。 これに関しては理解できる気がしない。 穂高さんの性癖も、びっくりはしたし未だに痛いけど、ないと困るスパイス。 不思議なことで、痛いはずなのにつけられた歯形を見ると嬉しくてたまらない。 たまに穂高さんもやり過ぎちゃうことはあるけど、必ず気づいてくれる。それは飼われてすぐから変わらないことで、だから俺は穂高さんが甘ったるくねだってくる無理難題に流されやすい。 それは、俺が受け入れられないことをしないっていう信頼を穂高さんが勝ち得ている証拠だと思う。 「合意の無理矢理ってどういうことでしょうか」 「そもそも言葉がほぼ正反対のところにいると思いますよ」 「伊藤さんでさえそう思いますよね」 さりげなく俺の国語力落とさないでくれる!?と文句は思い浮かんだけど、俺の理解を遥かに超えたことばかりをいう2人に振り回されて、俺は何も言い返さずに黙々と作業の手を進めた。 何度か仕事を残業後定時(21時)に終わらせて、俺は原付に跨って家に帰る。 せっかく帰って来れたんだから、ただいまって言っておかえりって返してもらいたい。ついでに言えば超特急でご飯食べてシャワー浴びるから一緒に寝たい。 心の中は大急ぎだけど、安全運転を心がけて家に帰る。 自分の部屋を見上げると当然明かりがついている。 そこを目指して階段を駆け上って、ばーんと玄関を開ける。 「ただいま!」 「おかえり」 あああ、これだぁ。 数日前に帰ってきてたけど、これだよ。仕事終わって疲れて帰ってきて、穂高さんのおかえりに迎えられるこれ。仕事終わりはこれに限る。 「ただいま!」 「思ったより早かったな」 「仕事はたんまり押し付けられてるけど、納期にゆとりがあった」 「良かったな」 「うんっ!穂高さんまだ起きてる?」 「うん?」 「急いでご飯とお風呂したら一緒に寝れる?」 「寝れるな」 「やったぁ!お風呂してくる!15分で上がる!」 そう言ってカゴの中にリュックを放り込んで、何も持たずにお風呂場に向かう。それでも俺が上がる頃にはバスタオルも着替えもきちんと置かれているんだから、穂高さんは本当によく気がつくと思う。 シャワーを浴びてさっぱりして、ドライヤー片手にリビングに戻ろうかと思って思い留まる。 穂高さんはきっと俺のためにご飯の用意をしてくれている。俺の頭が濡れていたら気になってしまうだろうからとぶぉーんと頭を乾かす。 同じドライヤーなのに穂高さんに乾かしてもらう方が気持ちいいから不思議だ。そうしてリビングに行くと、やっぱり俺のご飯が並び始めていた。 「頭乾かしてきてえらいな」 「………ぅん」 当たり前のことなのに、穂高さんがいるとほんどしないこと。乾かさなくても風邪なんてひかないって事実もあるけど、乾かして欲しい気持ちもいっぱいある。でも、なんとなく褒めて欲しい時は乾かして出てきても良いかもしれないなんてことを思った俺はずるいやつだと思う。

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