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スーツなんてちゃんと作ったことのない俺には全然分からない会話をしている穂高さんは、何故か俺のスーツの悩みを俺と同じように知っている。
見ているだけで気づくものなのか、それとも穂高さんが俺の様子をきちんと見てくれているからなのか。間違いなく後者だと思うけど。
「でしたらこのように作ってみることにして、生地はどうされますか」
「誠、どの生地がいい?」
「安いの、安いのにしよう」
「ここまで来てケチんなくていいんだよ。大事に着てくれたらそれでいい」
「うぅぅ」
そう言われてもなぁ。
俺には生地の良し悪しもよく分かんないんだよ。こういうのは値段相応、高いものが良いと刷り込まれて育っているのが俺だ。
「俺ほんとに生地とか分かんないもん」
「ならこれとこれはどっちが好き?」
「………こっち」
「これとこれは?」
「………どっちかというとこっち」
そうして穂高さんが2択を並べてくれて、俺的になんとなくこっちの方が好きをただ選んでいく。
それだけに見えたのに、穂高さんはどんどん候補を絞っていって、最終的に3つが残された。
「この中からなら選べそう?」
「うん、まあ」
さっきまでよりはよっぽど選択肢が減ったからね……。
同じ黒でも光の加減で少し光沢があって見えるのもあれば全然そう見えないものもあって不思議だ。
俺は光の加減で少し光沢があるものが好きなようで、そういうものばかりが残っている。
あとは色味の違いと、折柄の有無。
「どれでも仕事に使える?」
「使える」
「うーん………ならこれが好き」
「誠のネクタイにも合いそうだな」
と穂高さんからも合格を貰った。
俺が選んだのは濃紺で、折柄の入ったスーツ。俺が見慣れた折柄とは少し違う感じだったけど、仕事で使えるなら問題はない。
俺に買った立場なのに満足気な穂高さんと、なぜかぐったりした俺は店を変えて、今度は靴やベルトなど、革製品を探す。
と言ってもこれも穂高さんの好きな店なんだろう。
慣れた様子で店内を歩き、案内してくれる。
「………穂高さんっていつも何万円のもの着てるの?」
「さあ。スーツだけで20は越えてると思うけど」
「うぎゃっ」
「そうビビんな。もう何度も鼻水つけられてる」
「ひぃぃぃ!」
そう考えると怖い。ちょっと待って、今度からスーツの穂高さんに泣きつくのはやめよう、なんちゅーもの着てるんだよ!
「そもそも俺の場合背が高いから既製品ってどっか着心地悪いんだよ」
「そうなの?」
「で、自分で言うのもあれだけどちゃんとした仕事してるだろ?」
「うん」
「そうなりゃスーツくらいちゃんと着てねえとなって。それからはほぼオーダー」
いや、うん。
いい心構えだと思う。
いくら仕事ができる人でも、身だしなみがなってないとなんとなくイメージが悪いっていうのは分かる。でもだからってそんな、高すぎない?そういうものなの?
うちの会社の営業さんたちもそんなスーツ着てるの?
………いや多分着てない。
勝手にそう結論づけた俺の足元に、穂高さんはこれなんかどう?と靴を並べた。
「サイズは?」
「誠27だろ」
「うん」
「幅も細い方だからワイズも細め持ってきてる」
そんなのがあるのか、と感心しつつも俺は椅子に座って靴を履いてみる。
うわっ、やわかっ!
え、なにこれ。
俺が持ってる革靴と変わらないくらい艶があるのに、不思議なことに柔らかい。革靴だとサイズに合わせると妙に横が余っていたそれもない。
「穂高さんってなんで俺の靴のサイズ知ってるの?」
「買いに行ったことあるから覚えてるし、誠が好きなブランドってワイズが狭いものが多いだろ。誠って足も細長いからその方が足に合うんだろうなって」
「大好き!」
そんなところまで普通に見てる?覚えてる?
俺はそこまで覚えてないよ。
嬉しさのあまり飛びついた俺を当然のように避けた穂高さんは、少し落ち込む俺に構うことなく他の靴を試し履きさせていく。
そうして俺の革靴やベルトは、俺よりも俺のことを知ってそうな穂高さんのおかげであまり悩むことなく決めることができた。
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