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そうして美味しい天丼を食べて、俺のケーキを迎えに行ってから家に帰る。 穂高さんがキッチンでごそごそとしている間に、俺は自分たちのクローゼットを覗き込む。 この時期は夏用のものに切り替えられつつあるであろう穂高さんのスーツが何着も掛かっている。俺はこれを着た穂高さんに平気で泣きついて、何度鼻水を擦り付けただろう……と考えると恐ろしくなってくる。 っていうかここだけでいくら……?と数えたくなったけどやめた。 「誠?」 「なぁに?」 「どうかしたのか?」 「ううん、スーツ眺めてただけ。俺、もう穂高さんに泣き付けない」 「気にしなくていいんだよ。鼻水つけられなくてもクリーニングには出すし」 そうなの?と見上げると、深く頷いてくれる。 そんな様子が嬉しくてぎゅうっと抱きつくと、穂高さんは優しく頭を撫でてくれた。 今日は俺の誕生日の前祝い(?)だから、よく甘やかしてくれた。 ケーキも買ってくれたのに、3時のおやつがあったり。 いつもより俺に構ってくれる時間が長いようにも感じたし、それでも当然のように夜ご飯は俺が大好きな卵入りのマカロニサラダがあって、それ以外もちょっと子どもっぽいけど俺が好きなメニューがたくさん並んだ。 ケーキだって俺に大きめに切ってくれてるところが大好きだ。 お風呂だって、ねだらなくても一緒に入ってくれた。 「誕生日ってやっぱり幸せ!」 と頭もきちんと乾かしてもらった俺は呑気にソファに寝転がる。ぶぉーんというドライヤーの音が止んで、しばらく待つと少し熱った穂高さんがリビングに入ってくる。 「えっちもする?」 「するからどっちか選んどけ」 「ふあっ!?」 え、待ってなんか今選べって言わなかった??? これが俺にとっていい選択肢だったことってあった?いやない! いやいや、そんな国語の復習をするよりもだ! 選択肢はっ!?と穂高さんが俺の手に置き去りにしたもの見る。 ひとつは布?布??布……ぬのぉ。え、布? もうひとつは、見覚えがある。 いや、ちょっと待ってなにこれ。 この全然違う選択肢は結局なんだかんだどっちも選ばせるパターンではっ!?と俺は穂高さんの背中を見る。 いやいやいや、待て、今日は俺の誕生日の前祝い。 こんなの入れるのはもっと他の日にして欲しい。誕生日に2年連続漏らすなんてそんなのやだ。 「穂高さん」 「決めた?」 「布の使い道が分かんない」 「目か手」 目か、手??? あーこの前言ってた目隠しか! それは、むり。 かと言って手も、むり。 あの時は激しさはないのにもう体がおかしくって大変だった。穂高さんなりの気遣いだったけど、あれはあれで怖かった。 「………どっちも嫌って言ったら」 「そんなの全部するに決まってんだろ」 「俺の誕生日祝いのはずなのに?」 「サービス」 「そのサービスいらないぃ」 泣き真似をしてソファに突っ伏して、俺は必死で考える。 全部って言い方をするんだ、どっちも使うんじゃなくて目も手もやった上でこの棒を使うとか、きっとそういう意味だ。 意地悪な穂高さんはそんなに甘くない。 ………待って、え、ど、どっち??? 「ね、穂高さん」 「なに?」 「これ、細いやつがいぃ」 「大丈夫、入るから」 「でも、痛い、し」 「痛いだけじゃないくせに」 声色だけで意地悪に笑っていることが分かる。 俺にそんなことを教え込んだのは穂高さんだ。痛くても痛いだけじゃないって、穂高さんと出会ってからはずっと教えられている。 「漏らすの、やだ」 「可愛い」 今度は、そんな甘い声がやけに近くから聞こえて顔を上げる。意地悪く、甘ったるく笑った穂高さんがいてそのまま唇を奪われて、何かよくわからないものがゾクゾクと背中を走った。

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