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そうして話をしている間に穂高さんはご飯を用意してくれて、俺は1人もぐもぐと食べる。 穂高さんはパソコンを引っ張り出して、何やらぽちぽちと入力している。 「引っ越し見積もり出していい?」 「いいよ。急いでたりする?」 「穂積が引っ越すまでに引っ越してやれば熱いの我慢しなくて済むだろ」 ほんと、そういうところ優しいなぁと俺はほっこりする。 「まあ誠の仕事次第だな。休めそうなら合わせてくれると助かるけど」 「頑張る」 「最悪引っ越しは俺1人でも出来るしな」 「戦力外通告!?」 「誠のことだから、大体生活できたらそれで満足するんだろ」 その言葉がぐさっと刺さる。 図星だからこそ俺は何も言い返せない。 「でもさ」 「うん?」 「せっかく家に物入れてくんだから、一緒にできた方が良くね?」 そうして柔らかく笑ってくるから、もうずるい。 「大きなものは決めてるんだよね?」 「ああ。あと、いざ住んでみて雰囲気合わないとかあれば買いに行きたい」 それは全部お任せしよう。俺の意見を組み込むと、多分いや間違いなく統一感をぶち壊す。俺はその時気に入った、好きなものを買いたいだけだから。 穂高さんとそんな話をしてからそんなに日が経たない頃、技術部の朝のミーティングでお盆の話題が上がった。 「お盆休みはどうしようか」 そんな野田さんの声に、鈴木さんはすかさず新婚旅行行ってきます!と言ったのでそれは誰も反対しなかった。 むしろこの過酷な残業の中で働き続けてくれてありがとうという言葉を送りたい。 正式に籍を入れて、鈴原さんになったと分かっていてもなかなか鈴木さん呼びから離れないのは俺だけじゃないし、鈴木さんも気にしていないみたいので今でも技術部のボードに書かれる名前は鈴木のままだったりする。 残業はこれまでよりもセーブしているけど、その分精密の検査に関してはほとんどを背負ってくれている(基礎検査は俺たちに丸投げだけど、精密が苦手な俺からしたら本当にありがたい)。 「俺も今回は休みたいです」 「伊藤くんが?珍しいね」 その言葉に、もしかして当てにされていただろうかと不安が過だだけど、野田さんは少し笑っただけだった。 「皆さん予定があれば、俺のはずらせるんで大丈夫です」 「たまにはいいよ。いつも伊藤くんの大丈夫ですに甘えてるし、いいよいいよ」 そのあと、内村さんは予定ないですと答えて、田中さんは数日待ってくださいと答えていた。 「伊藤さん」 「どうしました?」 「伊藤さんはお盆にどこに行くんですか?」 「?俺は引っ越ししたいだけですよ」 「出かけたりとか、は?」 「暑い中出掛けるなら車で屋内ですね」 「屋内……」 「誰かと出掛けたいんですか?」 「え、あ、いや、そんな、ことでは!」 ふうん、出掛けるんだと声には出さないけど察する。 田中さんは色々と拗らせていて、今も山口さんのことは完全に拗らせているけどまあ、俺から言えることはほとんどない。なんせ山口さんがあれだ、減らないし別にいいなんて言い切ってるから俺が無理やりはダメですなんて言っても無理やりじゃないと言われてしまう。 「山口さんと出掛けるなら」 「はいっ!?」 「任せちゃえばいいと思いますよ。あの人の方がよっぽどそういう遊び知ってると思うんで」 「………別に、違いますよ」 「やりたいだけとかいうんだったらやめてあげてくださいね。最低限の絶対条件が同意なだけで、やっぱり気持ちも必要ですよ」 「好きの定義って何ですか」 「俺に哲学的なこと聞いて役に立つと思います?」 「全然」 即答!?とちょっと怒ってみせるけど、田中さんは何かに必死で全然見えていないらしい。別に怒ってないからいいけどさ。 だけどそんな哲学的なこと考えて楽しいのかなぁ。 「難しく考えて楽しいなら止めませんけど」 「………」 「どう好き、とか考えるだけ無駄じゃないですか。その時の自分が求めたいものは永遠じゃないし、魅力を感じたところだってずっとそばにいると当たり前になります」 「………伊藤さんって、たまに頭いいんだなって思います」 勉強できなきゃここに居ないしという言葉を飲み込んで、仕事始めますかと声をかけた。それにはいと答えてくれた田中さんと共に仕事を捌いていく。 そう、求めた好きはきっと永遠じゃない。 美人は3日で飽きるって言葉は、魅力を感じたところだって3日も過ごせば当たり前になるってことだと俺は思う。 その当たり前を、ありがたいものと、かけがえのないものだときちんと分かっていなきゃいけない。 当たり前ほど、失って辛いものってきっとない。

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