それからしばらくして、田中さんはどこかで2連休が欲しいですと伝えたので、野田さんがお盆の出勤予定を立ててくれる。 「伊藤くんって有給残ってる？よね」 「はい、溜まってます」 「2日使っていい？」 「？」 「うち、お盆休みで会社から振られるの3日だから。あと2日使って8連休にしようかと」 「………！！！！」 「嬉しそうだね」 俺の反応だけで俺の心を読んだ野田さんはゆっくり休んでねと言ってくれる。 今年のお盆も研究のお世話がメインだから、交代で出ることになるらしいけど、俺には関係なくなりそうだった。その分、残る人に分かりやすいように、やりやすいようにしておく必要はあるけど、連休は嬉しい。 前半に引っ越しをして、片付けながら必要なものが出てきたら買いに行く余裕さえある。 これは家に帰ったら穂高さんに報告だ！とルンルン気分だった。 ごろごろと台車を押して、重たい荷物を運ぶ。 今日はこれの加工工程の視察、というか観察、というかが主な仕事。 これまでは俺が中心にやっていた新製品の加工を製造部の人に引き継いでいかなければならない。 やり方を知ってる人、加工したことがある人はまだまだ本社内でも少数派だけど、いつまでも俺がやるわけにも行かない。この後の更なる課題があるからこれも大事な仕事だ。 「伊藤くんいらっしゃい」 「うわっ、かなり揃ってますね」 「なんせうちじゃ伊藤くんがサンプル作りに来る以外で見たことも無かったし」 「うわぁ緊張する！」 「全然緊張してないだろ」 そう突っ込まれるけど、へへっと笑ってその真ん中に進んでいく。 「これ加工するのになんか変な資格とか必要だったり……」 「しないですよ、誰でも手順さえ守ってくれれば大丈夫です」 「えっと、こんないると思わなくて部数足りるかな」 「おいおい」 そう言われても、せいぜい2〜3人かと思ってたら中型の人みんな居るんじゃない？おかしくない？ 困った俺を見兼ねて、1人の人が刷ってくると走ってくれたけど、言い残したのが俺が戻ってくるまで絶対始めんなよ！だったので残された人みんなで振りかな？と笑い合っていた。 もちろん始めたりはせず、わずか数分の時間の雑談に花を咲かせる。 「伊藤くんってこれ終わったら何やんの？」 「これの持ち運びへの応用ですね」 「出来んの？」 「今の俺の頭の中で1番現実的なのは冷蔵庫を持ち運ぶってことでしょうか」 「疲れてる？」 そう言ってたくさんの人に笑われる。 いやいや、まだあれからそんなに時間が経ってないから案が浮かばないんだって。 1番簡単なのが冷蔵庫を持ち運ぶことだとは思うけど、非現実的だと言うのも十分に理解している。ただ、常温にしておくとすぐに毒性を持ってしまうからうぅぅん！と頭を抱えるしかないわけだ。 「お待たせ！」 そんな話をしている間にコピーには知ってくれた人が戻ってきて、俺を中心に話が始まった。 話すことと言っても、とりあえずわかっていて欲しいのは保管上の注意だ。 「絶対に常温放置するなってこと？」 「はい」 「万が一常温で放置した場合は悩まず伊藤くんか野田さんに連絡」 「はい、何より気をつけて欲しいのはそこです」 「何より？」 「何よりです」 うっかり常温放置してしまって、それをそのまま排水に流すなんてことをした日には、俺の首が飛ぶのはまあ間違いない。俺の首ひとつで済むわけもなく、社長の責任問題、辞任も待った無しだろう。 それほどまでに人と環境に与える毒性が強い。 「伊藤くん」 「はい」 「これって触るとやばいやつ？」 その答えに俺は悩む。 冷えてる時に触るのは問題ない。 が、それを洗い流すのは絶対にダメ。 常温だと触るのさえよろしくない。 でも、じゃあ何度まで触れる？ってなってくると俺にもその判断は難しい。 外気温や体温にも左右される不安定な状態だから、俺は最大限の注意を説明するしかない。 「触っちゃったら技術部に来てくださいね」 「やばいってこと？」 「正直に言うと、冷蔵庫から出したてなら大体セーフです。でも、大体であって絶対じゃない。毒性が強いから、曖昧にするんじゃなくてこれまでと変わらない対応でお願いしたいです」 そう、これまで通り対応していれば問題ない。 これまで問題は起きていない。 それと同じ注意をしていて、追加で冷蔵庫保管ってことを追加してもらえれば大丈夫だ。 そう伝えると、みんなから少しだけ緊張した面持ちが消えた。 「飲むのは」 「ないと思ってますよ、一応聞いただけだって俺は信じてますけど！絶対ダメです。技術部の方でも対応の仕方のマニュアルは作っておきます」 ひどいことを聞く人たちだ。 飲んだりなんてしないと信じてるけど恐ろしいことを言わないで欲しい。 だけど、そんなことを言いながらでも、いざ加工してみようとなった時は誰もそんな軽口を叩いたりせず、なんなら注意点だったり、日々使ってきた俺が考えることもなく処理していた問題なんかも出てきたりして、自分の勉強不足を感じた。