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その後はマニュアル作成のために、これまで新製品を触ったことのある人に感じた疑問や困ったことなどを聞きに回って、それをひとつひとつまとめていく。 これを社長に提出して……となんとなくスケジュールを立てていると、俺の隣の席が動いた。 「伊藤さん」 「どうしました?」 「伊藤さんって夏にどこ行きたいですか」 「???」 うん?と首を傾げて、2日休みたいと言ってたお盆かな?と思い当たる。が、行きたいところに心当たりはない。 「俺は家でゲームしたいです」 「………プールとか?海とかは?」 「田中さん泳げるんですか?」 いかにも泳げなさそうな顔してるのにと失礼なことを思ったけど、本人の顔がハッとしていたので俺の失礼な疑問は間違っていないらしい。 「そもそも誰と行くんですか?」 「………」 「原田さん?」 「………」 「山口さん?」 「っ……」 そっちかぁと俺は唸る。 そっちなのかぁ。 「原田さんとは話しましたか?」 「はい。謝られました」 「なんで?」 いや、なんで? どう考えても失礼なのは田中さんだと思う。 悪気はないんだろうけど、誠意もない。 「離れた兄と重ねてましたって、謝られました」 「そうですか」 「でも、俺が嫌じゃなかったらたまにご飯ご馳走してくださいと言われました」 「ふふっ、やっぱり彼女は強かですね」 きっと素敵な女性になる。 「ご馳走って言うからカードも持って行ったのに、行きたいと言われたのはファミリーレストランでした」 「………ほんと、素敵な女性になりそうですね」 「俺にはもったいないくらいの人ですよ」 「間違いないです」 「もう少し悩んでくれませんか」 いや、悩むもなにも事実じゃん。 ただ、一般的に見て素敵だという意見と、好きになるかっていうのは全く別次元のお話だから仕方ない。 「俺は特に偏見も無いんで好きにしたらいいと思いますけど、くれぐれも傷つけるためだけに何かするなんてことはしないでくださいよ」 「偏見、無いんですか」 「はい」 あるはずがない。 俺自身が当事者だし、人のことをとやかく言える立場じゃないことくらいは分かっている。 「何でこんなことになってるんでしょう」 「さあ」 「昔のことって、聞いたら怒るんでしょうか」 「さあ。聞いてみて、嫌そうだったら引けばいいです。どうしても聞きたいなら押せばいいです」 「俺が空気読むの苦手だって知ってますよね」 「苦手だと自覚できただけ昔より成長してます」 ぐっと力を込めて言えば、田中さんはがっくしと項垂れた。 「山口さんは、きっと田中さんの質問には答えてくれますよ」 「え?」 「山口さんにとっても痛い傷だと思うけど、それでも山口さんは自分が悪かったって認めてます。田中さんが何でと聞いたなら、山口さんはきっと答えます」 俺は聞いちゃったけど。 子どもが持ってしまっておかしくないくらいの、小さな小さな妬みだった。 そして、その頃の山口さんには顧みる余裕はなかった。だから山口さんを許せなんてそんなこと、俺は言わないけど。 「聞いてみて、田中さんがどう思うか知りません」 「はい」 「でも俺は、人間らしいなぁと思いました」 「聞いたんですか?」 「勝手に話してくれました」 「なんでですか!?」 「無関係だからですよ」 ただそれだけ。 俺のことは揶揄いたくなる後輩ランキングの中に入れてそうだけど、そういう意味で話したわけでもないだろう。 ただちょうどいい他人だった。

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