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「伊藤さんなら夏って、どこに行きますか」
「………」
夏、ねえ。
そもそも穂高さんと外にデート行くならほぼ買い物。もちろん不満はない。
ただ、買い物なんて田中さんには間違いなくレベルが高い。
その前は学生時代だから、夏なんて何してたっけ??って感じだ。
「何したいかによるんじゃないですか?」
「………」
「やらしい意味じゃないですよ」
「伊藤さんっ!」
いや、そんな明らかな反応されたら分かるって。
覚えたての高校生か!と言いたくなって、やめた。覚えたてだった。
「ゆっくり話がしたいとか、そういうのがあるなら場所を選べって話です。喧嘩しそうな話なら、あえて外でする方がいいですけど」
「?」
「2人きりだと、ついヒートアップするけど衆人環視があれば言いすぎることを防げます」
付き合っていても、たとえそう思うことがあったとしても、言っちゃいけない言葉って絶対にある。俺はそこまでの言葉を言ったことはないけど、言ってしまった兄を見たことはある。
家であんなことを言うつもりじゃなかったんだとアルコールに溺れながら泣く、情けない兄の姿をよく覚えている。
「田中さんは分かってると思うんですけど、言われた言葉って消えないんですよ。たとえ本心じゃなくても、そんなつもりじゃなかったとしても」
「………」
「だから、喧嘩とかそういう時ほど冷静になった方がいいです。いっときの怒りの感情で、傷つけなくないです」
人の傷がどこに付くかなんて分からないけど、考え方は簡単だと思う。
「自分がされて嫌なことはしない」
「え?」
「これが基本ですよ。田中さんと山口さんはそれができる年齢になってます。昔とは違う関係にだってなれると思うけど、別にえっちする間柄じゃなくてもよかったとは思いますね」
「伊藤さんっ!?」
いや、ほんとなにがとち狂ったの?
田中さんも田中さんだけど、山口さんも山口さんだし。
ほんと謎。説明をされても理解できる気は1ミリもしないから聞く気もないけど。
「おすすめの場所とかってありますか?」
「………ないです」
「ありますよね!?」
「ないです。正確にいうと俺のお気に入りの場所なので、教えられるような場所はありません」
「ひどくないですか?」
いや、だってさ。
せっかくの休みの日に穂高さんと美味しいカフェオレとフレンチトーストを楽しんでいる時に知り合いが来ちゃうとちょっとやだ。
だけど田中さんなりに過去と向き合おうとしてるんだしなぁと思い、某チェーン店を適当に告げておいた。
あそこなら長居歓迎を謳っているし、そんなに干渉も多くないし、適度に静かでいい感じだ。叫べば目立つ。
そうして適当に答えたけど、田中さんはありがとうございますと言ったので、ああ真剣に向き合おうとしてるんだろうなぁとぼんやり思った。
その後に会話は特になく、俺の方が先に終わったようでお疲れ様でしたと声を掛けて技術部の事務室から出て行く。
帰ったら穂高さんにお盆休みあるよって言わなきゃなぁと思いながら、てこてこと静かな事務所でタイムカードを押す。
「あ!まこちゃん!」
「うげ、お疲れ様でした」
「うげってなに?」
「帰らせてええ、お願い帰らせて!田中さんと山口さん絡みはどっちか1人だけにしてください!もおやだっ」
「ひっど!いや、そうじゃなくてさ。あゆちゃんどうなってんの?」
「だから1人にしてって言ってますよね?今日は田中さんとお話ししたんでもう閉店してます!」
「手短だから!」
そう言われて、俺はぶすっもしつつも足を止める。
そして、山口さんはぺらっと胸ポケットから何かを出す。
「手紙、ですか?」
「あゆちゃんって筆豆?」
「………筆豆って言葉がよくわかんないですけど、手紙を書かせたら詩人だと思いますね」
「あ、知ってるんだ?」
「まあ、はい」
爆笑したんで。
ついでに言えば、穂高さんの歪みまくった独占欲も実感したんで。
「とりあえず長いんだけど、要約したらこの日休みますっていう話だと思うんだけど俺どうしたらいいの?」
「相手が女の子だったらどうします?」
「俺も休みだからどっか行く?とか?」
「そう、それでいいと思います」
「不器用かよ!」
「不器用でしょ」
間違いなく。
「なんだ、可愛いとこあんじゃん」
「……?」
空耳?聞き違い?
可愛いとこ?え、それ可愛いの?
うん?????
と首を傾げて、一周させたいくらい回している俺なんか気にしない山口さんはありがとうと言って歩いて行く。
本当に手短に済んだの嬉しいんだけど、疑問が増えることになったのだった。
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