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そうして話が決まっていくと、本当に毎日が早かった。
気がついたら家に沢山の段ボールが届いていて、今すぐ使わないものが少しずつ部屋から見えなくなっていって、積み上げられた段ボールが増えていった。
「あっづ……」
「どうせ埃だらけだからエアコン入れるだけ無駄だろ」
「窓開けっ放しだしねえ」
と言っても、8月のギラギラと照りつける太陽と、早朝といってもいい時間なのにすでに真夏日だから本当に暑い。
2人して、直前でなければ片付けられないものをせっせと段ボールに詰めていく。
穂高さんは細々としたものを丁寧に包んでくれている。
俺はあらかじめ業者さんから渡されていた食器専用ケースにひとつずつ食器を入れるだけだ。
俺に細々したものをやらすとぐちゃぐちゃになるだけだと、穂高さんが察していたに違いない。
そうしてキッチン、洗面所、玄関と最後に残していたところを片付けると、2年住んでいたはずの家がいつもより広く見えた。
「ここで生活してたんだね」
「そうだな」
「思ってたより俺のものも多いんだね」
「誠も住んでたからな」
「なんか、寂しいね」
「そうだな」
さっきと変わらない返事をした穂高さんが俺の頭を優しく撫でる。
穂高さんと同じ家に引っ越すのに、ここで作った思い出が沢山ありすぎて寂しいなぁと思う。
寂しさを誤魔化そうと隣にいる穂高さんに抱きつくと、いつもの匂いと、少しだけ汗の匂いがした。
「わざわざ嗅ぐな」
「俺が帰ってくる時間って穂高さんお風呂上がりじゃん?」
「そうだな」
「だからかな」
「?」
「ちょっとえっちな気分になる」
そう呟いた俺のお尻をぺちんと叩いて、穂高さんは暑いといって体を離す。
仕方ないじゃん、俺が汗まみれで帰宅することはよくあるけど、もしも穂高さんが同じような状態で帰宅していたとしても俺は知らない。
穂高さんの汗なんて、えっちした時くらいしか知らないから、俺はそういう風に覚えている。
そんな、少しムラッとした気分を変えたのは引っ越し業者のインターホンの音だった。
迎え入れると、びっくりするほどテキパキと壁やら床やらを保護して、俺と穂高さん2人では絶対運べないんじゃない!?ってくらいの家具を2人で運んでいく業者さんに目を剥く。
俺たちが一生懸命作った段ボールの山も、全部運び出してくれる。
びっくりするほどあっという間に家から物がなくなって、業者さんは穂高さんと引っ越し先の確認と、何時から新居に荷物を入れるかの確認をしていた。
「誠はあのエアコン引き取りに来てくれるまで待っててもらっていい?」
「うん、終わったら原付で追いかけるよ」
元からその予定になっていたから、業者さんに頼む荷物の中に俺の原付は含まれていない。
まだ何か話している穂高さんとスタッフさんの隣で阿川くんに今から来てーと住所を送りつける。すぐに既読がついたから、そんなに待たずに来てくれると思うけど、阿川くんの移動手段は電車だから意外と待つかもしれないなあと覚悟を決める。
「誠」
「はぁい」
「俺は車で先に行くな」
「うん」
「暑いからちゃんと水分摂ること」
「え、何これ?」
と渡されたものを持つと意外と重い。
ランチバッグにも見えなくはないけど、朝ごはんはちゃんと食べたし、昼ごはんには早すぎる。
それにお弁当にしては重すぎると中を見ると、スポーツ飲料が2本と保冷剤が入っていた。
相変わらず心配性というか過保護というか。
だけどそれが嬉しいから、ありがとうと返事をした。
穂高さんと引っ越し業者さんを見送って、蒸し風呂のように暑い部屋で阿川くんを待つ。
穂高さんが用意してくれていたスポーツ飲料を飲みながら、手持ち無沙汰にスマホを触る。
特に頑張っているゲームがあるわけでもないから、すぐに退屈になって投げ出したくなったけど、何もない部屋じゃ投げ出す場所もなかった。
そうして退屈な時間を小1時間ほど過ごしていると、ピンポーンと控えめなチャイムが鳴った。
「はーい、今開けた」
と入り口のオートロックを開ける。
そして玄関で阿川くんを迎えて、何もない家に入ってもらった。
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