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第13話 秋たけなわの頃
味覚の秋を向かえ、日々赤く染まる紅葉に心躍るばかりです。
商店街の皆々様におかれましては、町内会の催し物に快くご協力くださること心より感謝申し上げます。
さて、今年も――。
「やってきましたハロウィンイベントのお知らせです……だって」
秋、秋……秋色に 艶めく君の 黒い髪、なんちゃって。
「聞いてる?」
「うわっ、はい! 聞いてなかった!」
「んもー、ぼーっとして」
いけないいけない。海苔を見てたら、つい、妄想があらぬ方向へ。っていっても、うちの海苔はばーちゃんがこだわってた海苔屋さんのところから仕入れてるから鮮度も香りも色も抜群で、黒いというより海苔色なんだけど。黒っぽいものはなんでも黒髪を連想させるだけなんだけど。
「照葉さん、これって?」
「? あぁ、ハロウィンイベント?」
そんな艶やか黒髪の君が自宅のほうのポストに届いていた手紙類の中から、町内会の頼りを見つけてきた。
「毎年やってるんだ。ハロウィンイベント。その日だけ、店のほうもちょっとでいいんだけど仮装をして欲しいらしくて。本当にちょっとでいいんだけどね。たとえば、百円均一で売ってるようなマント一枚羽織るだけでばっちり」
あとはハロウィンイベント当日、店にいたずらをしに来た子ども達へお菓子を配るくらい。といっても、駅前商店街だから、そう大勢では来ないけれど。隣接してる住宅街からのお客寄せも兼ねて、毎年行われていた。
「そうなんだ。照葉さんは? しないの?」
「するけど……恥ずかしいから、とりあえず、去年は着物着た」
「え!」
「なんちゃって侍」
「嘘!」
「だから、なんちゃってだってば」
ほら、小料理屋だし、それなら変じゃないかなとさ。調理するから着ぐるみとかはダメだし。バサバサした、さっき例に出したくせになんだけど、マントとかもあんまり良くない。厨房を出ちゃってたらなんでもいいんだろうけど、いっぺんに来てくれるわけじゃないから、半日はその格好なんだ。ってなると、できる仮装は必然的に制限されてきてさ。
「今年は何がいいかなぁって、思ったりはしてたんだけど……」
「じゃあ、また着流しのなんちゃって侍は?」
「いやぁ、なんかちょっと恥ずかしかったからなぁ」
「えぇぇ、見たい」
「遠慮します」
何にしようか。今年は――。
「公平は何にする?」
「え?」
「しないと。仮装。おにぎり」
そこで君が頬を真っ赤にした。何か良い仮装でも思いついたのかもしれない。っていうか、公平の仮装って。
『先生、ここ、わからないんです。教えて……』
男子高校生とか。
『はい。それじゃあ聴診器、はーい、上、裸になって』
内科医とか。ナースでもいいけど、いや、それ変態だけど。
『にゃぁぁ……お』
…………これ、変態だけど。
「うーん、何にしようかなぁ、ね、照葉さん」
「へ? あ、はい。何?」
「うん。だから、何にしようかなって」
邪妄想、退散。って、数回は唱えてしまった。なんだ、この妄想っていうか、願望っていうか。その欲望むき出しっていうか。
「猫耳とか?」
「ダメです」
「ぇ? でもそれこそ百均とかで買えるし。簡単だし。まぁ二十九の男の猫耳姿なんて可愛くないけど」
可愛いよ。絶対に。
二十九の男なのにもう確実に可愛い。
すでにシミュレーション済み。猫耳も犬耳も、うさぎ耳も、ダメ。ネクタイにジャケット羽織れば済んじゃうじゃんっていう男子高校生もダメ。絶対。白衣系も言語道断です。
「ダメです」
「じゃあ……」
「買いに行こう」
それがいい。危ないから。
「え……」
「明日休みだし。あ、何か予定あった?」
「う、ううんっ! ないっ! です!」
「じゃあ、ちょうど……」
仮装何にするか決ってなかったし。店休みだし。気分転換も兼ねて、ブラブラしても……。
「うん! 一緒に買いに行きたい!」
ブラブラと、休日に、二人で、それはまるで。まるでさ。
デート、みたい。
「照葉さん、出し巻き卵一つ、枝豆サラダ一つ追加です」
「はーい……」
それってなんだかデートみたい、じゃないか。
「照葉さん、お会計、俺行ってきます」
「はーい……」
店が休みで、丸ごと一日。いやいや、ただの仮装用衣装を選ぶだけだし。そんなふうに思ってるのは、意識してるのは俺だけだし。
「照葉さん、締めに秋刀魚ご飯ふたつ」
「はーい……」
彼にしてみたら、休日に毎日顔を突き合わせてる俺とまた一緒にいないといけないっていうだけの日。
「照葉さん、暖簾しまっちゃいますね」
「はーい……」
一日の仕事が終わったら。はぁ、疲れた。
「照葉さん、お風呂沸かしてきます」
「はーい……」
そうそう、一日の疲れを風呂で癒して、さぁ、明日は。
「照葉さん、お風呂ありがとう」
「いいえ。そしたら、俺も入っちゃおう。着替え、まだ持ってきてなかった」
「あ、何か手伝うことあるなら」
「大丈夫。もうないよ。お疲れ様」
「うん……あのっ、明日は」
そう明日は。
「何時くらいに、って、別に、部屋が隣で、うち同じなんだから何時も何もないよね、」
明日は部屋が隣の君と。
「デートってわけじゃないし。じゃあ、また、明日」
そう、デートじゃない。
「うん。あの、おやすみ、照葉さん」
「……おやす、み」
デートじゃないんだぞ。静まれ心臓。騒ぐな鼓動。
「……はぁ」
こんなふうに壁に寄りかかっていたら、この壁の向こうの君に聞こえてしまいそうなほど、踊り騒ぐ自分の心臓に溜め息を一回。深呼吸を数回。まだ、明日のことなのに、今まさにここが待ち合わせ場所かのように。まるで初デートみたいに。
「風呂、入ってこよ」
ほら、君とデートって、身体が、気持ちが騒がしい。
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