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第15話 仮初デート
「……お菓子をくれないと悪戯するぞ、ヒヒン」
「ちょっ、照葉さんってばっ! 被んないでよ」
だって、どうぞご自由に被ってみてくださいって書いてあるし。
「ヒヒン」
低く、ニヒルに笑ってみせると、また楽しそうに君が笑った。
子どもの玩具箱みたいに、少しくだらないものから、とても高価なものまで。色鮮やかで楽しそうな雑貨達。もちろん使いやすそうなお役立ち品もあれば、雰囲気で買っちゃうけれど、これ絶対に使わないでしょっていう品まで。店内には所狭しと雑貨が並んでる。そんな店の中、奥のほうから異様な迫力を感じた。
馬のマスク。
ビニールでできた馬のマスク。他には馬、ユニコーン、馬、ポニー、馬、それと、なんでか急にラクダもあった。けっこうリアルでラクダの睫毛なんてちゃんとカールしていてふさふさしてる。これぞまさに雰囲気で買っちゃうけどっていう品だ。
でも、外側からじゃわからなかったけど、見本品を被ってみるとちゃんと目が来るだろう辺りに穴が開いていてちゃんと外が見えるようになってる。
「公平のコスプレ、これはどう?」
「えー、やだ」
クスクス笑いながら、何かを物色してるのは見えた。前は見えるけど、マスクが少しずれるとあんまり見えないな。
「ね、照葉さん、これなんてどう?」
「えー? な、! …………っ、っ」
「照葉さん?」
思わずしゃがんじゃったじゃん。いや、だって、何、それ。うさぎの耳って、何、それ、そんな破壊力あるの? ただの耳なのに?
「あ、尻尾も付いてる」
「え!」
「ほら、ぽんぽんがついてるみたい。セクシー尻尾だって」
ふむふむと神妙な顔でパッケージを眺める君。
しゃがんだ馬に美麗うさぎが微笑む図って、なかなかにシュールだ。しかも、首なんか傾げるもんだから、長いお耳がぴょこっと揺れて、くたんと傾くっていう、さ。本当に、君は……。
「うさぎはダメ!」
「えー、なんで。俺、兎野だからうさぎにしようかと思ったんだけど」
「ダメ! 次に行きます!」
「照葉さんの馬は?」
「これもあんまり見えないからダメ! それと暑い!」
ちょっとだけいいかなぁとも思った。だって、馬だったら、君のことを一日見つめてても不審じゃないなぁ、なんてさ。
さぁ次だと宝箱のような雑貨屋を逃げ出した。その俺の後ろを歩きながら、君が笑って、また伏せた視線、ラクダよりも綺麗な睫毛がパチパチと瞬きをして。
「ホントだ。暑そう。顔が真っ赤」
目が合った。
暑かったけれど、真っ赤なのは暑かったからじゃないんだ。実は、赤の理由はさ、君と目が合ったからなんだって、こっそり胸の内で君には届かない小さな声で打ち明けていた。
昼はサンドイッチにした。それとポテトの山盛り。うちのまかないじゃ食べられないものを二人でテラス席で食べて、俺は秋風に揺れる君の長い黒髪に見惚れてた。
「結局、なんだか微妙な感じじゃない? 今の子って知らないんじゃないかなぁ」
「イヤ、俺らもあんまり詳しくないけどね」
再放送の再放送で見たことがある程度。ヨーロッパでは有名な名探偵とその助手に扮してみようかなと。それだったらブラウンのニットベストにツイードのズボンにブーツ。ブーツはほら、雨の日に君に貸した黒い長靴で済むし。
「似合うかな。俺、賢そうにはちっとも見えないと思うんだけど」
そして君はその名探偵の唯一の弟子で右腕、助手さん。俺は眼鏡を買った。君はとても素敵は黒いツイード生地の帽子を買った。
「あのハット、似合ってたよ」
「! ホント?」
黒髪だからかな。黒のツイード生地がものすごくその髪に馴染んでいたんだ。
褒めると、パッと表情を明るくさせる。その背中には夜空が広がっていた。
すっかり夜だ。買い物ついでに、あっちこっちって見て回って、途中お茶をして、食品のところも回ったりしてたら、もう外は日が暮れてしまっていた。
「たくさんつき合わせちゃって、ごめん」
「全然、楽しかった」
本当に? 君はとても楽しめた?
「照葉さん、ありがと」
「……」
「久しぶりに外歩くのが楽しくて笑ってばっかだった」
くるり、くるりと、華奢な君が夜空の星をかき回すみたいに空へと手伸ばして回ってる。まるで羽を伸ばして飛ぶ練習をしているみたいで、夜空なのに、夜なのにとても眩しかった。
細い肩、細い腰、繊細そうな首、それに、染めたばかりの漆黒の髪。どれもこれも見つめていた。
だから、さっき、買わなかった馬のマスクがあればなぁなんて思ったりなんかしてさ。
もう少し外をほっつき歩いていたら、もう少しだけ見ていられるかなって。
「照葉さん」
「んー?」
「ちょっと、お外で夕飯済ませたり、しませんか?」
「……」
「って、明日があるし、ダメですよね」
もう少しだけ一緒に出かけていたいけれど、それじゃあ、まるで本当にデートみたいだから、ダメだろうなって思ってたんだ。
「行こう」
「え?」
「すごい美味いモツ煮の店があるんだ」
ちょうど、この道を真っ直ぐ行った辺り。ネギをさ、これでもかってほど乗っけてくれるんだ。それこそ器から溢れんばかりに。
「い、行きたい!」
今日の君はとてもよく笑う。いつもよりもずっと大きく口を開けて、いつもよりもずっと大きな笑い声で、いつもよりもっともっと楽しそうに笑ってる。
「じゃあ、行こう」
それなら、まだ君は楽しいかもしれないって思ったんだ。
「え、本当に?」
「あぁ」
毎日顔をつき合わせてる、同じ店、同じうちにいる俺との「外出」でも、もう少しって思えるくらいには楽しいのかもしれないから。
こっち。真っ直ぐこの道を行くとあるんだ。本当にめちゃくちゃネギが溢れるくらいに乗っかってるから。もう絶対に笑うと思うよ。こんなに? ってなるから。でも、もっと驚くことにそんな山盛りネギをぺろりと食べられちゃうくらいに美味いんだ。それを食べたら、自分の営んでる店では出さずにここで食べようって思っちゃうくらいだからさ。あとは蕎麦も美味い。そばがきのほうが俺は好きかな。あと、肉そぼろを乗っけた冷奴も最高。それから、それから――。
代わり映えのしない俺との夕飯が少しでも楽しくなるようにと、君にオススメメニューをずっと語りながら歩いてた。
「はぁ、めちゃくちゃ食べたぁ」
「すごい食べたね」
「うんっ」
ふにゃりと笑い、首を傾げると、酔いで赤らんだ頬を黒髪が撫でるように揺れた。
「本当にネギがすごかった」
「アレ、驚くよね」
「うん。びっくりしたぁ。溢れるくらいっていうか、溢れてたし」
前を歩く君は、少しだけふわりふわりと、まさに酔っ払いの足取りだ。
「……美味しかった。あんなに美味しいの初めて食べた」
「そ?」
「うん」
頷いて、俯いて、無防備に曝け出されたうなじを、十月終わり、冷たくなってきた秋風が撫でていく。
「……寒い?」
寒そうだって言って、俺が着てきたカーディガンをかけてあげようと思ったんだ。
「ホント、初めて」
「公平?」
ポツリと何かを呟いたけれど、俺は視線を手元のカーディガンに移して、わからなかった。聞き返すと、慌てて手を左右に振りながら、たった今呟いた言葉も払いのけてどこかへやってしまう。ううん、なんでもないって笑って、また、ぴょんと踊るようにステップを踏んでいく。
両手を左右へ伸ばして、爪先立ちで、それはまるで飛び立つ寸前の白鳥みたいだったんだ。
「照葉?」
飛んでいってしまいそうだったから、飛んでいって欲しくなかったから、手を伸ばそうとした。ふらり踊る君を捕まえて、そして名前を――。
「照葉、だよね?」
呼ぼうとしたんだ。君が飛んでいってしまわないように。そしたら、引き止めるように俺を呼ぶ声がした。
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