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第21話 柔らかい寝癖
「離れたいって言われたんだ」
「…………はぁ」
着々と進んでいたはずだった。
結婚式の準備。結婚式会場選びなんてほとんどデート状態。ワンコインで試食できる披露宴用フルコースに舌鼓を打って、たまに試着できるドレスに満面の笑みで。
そして、予算を踏まえつつ会場がついに決定。
大歓迎ムード、歩けば「おめでとうございます」って祝福されまくり。
ほとんど毎週式場に通って、少しずつ、少しずつ、ウエディングプランナーと打ち合わせをして式に向けて着々と進めていた。
「ドレス、めちゃくちゃ嬉しそうに選んでたのになぁ……なんか、ここ数日、イライラしてんなぁとは思ったんだよなぁ」
はぁぁぁ、と、そばにいるこっちまで肩の辺りが重くなりそうな溜め息を吐いて、ガキの頃からよく一緒に遊んでいた居間のテーブルに項垂れた。
「数日でいいから、少し落ち着いて考えたいってさ……」
ある一点を見つめながら、フッと力なく笑ってる。そこにはうちのばーちゃんの仏壇なんかがあるもんだから、もしやお化けになっているのかと、思わず振り返って確認してしまった。
「それで、うちに来たのかよ」
「だって、お前のばーちゃんち部屋余ってんじゃん」
「はぁ、余ってねぇよ」
「え? だって、お前、この可愛い子ちゃんと……」
「可愛い子ちゃんって言うな、それと人を指差すな」
思いきり、俺と公平を順番に指差す、その人差し指をむんずと掴んで、あらぬ方向へと曲げて見せると、「ギブギブ」と言いながら身悶えた。
「お前なぁ、そんなんだから美穂子さんが呆れたんだろ」
「ひっでぇなぁ」
昔っからそうだ。デリカシーが壊滅的にないんだよお前はさ。それでよく、結婚相手が見つかったと思うよ。俺は。奇跡だと思うぞ。本当に。
「あ、あの……俺、全然、いいよ。照葉さん。部屋、どうぞ。俺がどっかカプセルホテルでも」
「断固! ダメです!」
「あはは、なんかお前、頑固親父みてぇ、いだっ! ギブギブギブ。指がおかしいことになってっから」
本っ当に! お前は! 昔っからそうだ! デリカシーっつうもんをまったくもって、持ち合わせてないんだよ! 本当にっ!
「なぁなぁ、いいのか? あっちの部屋で寝なくて」
「うるさい」
「だって、お前らできてんだろ?」
「うるっさい!」
「俺とじゃなくて、あっちで寝たいんじゃねーの? 大丈夫、ちゃんと耳なら塞いで、んぐっ! んごっ!」
「耳じゃなくて、呼吸そのものを塞いで止めてやろうか?」
「んごごごごご!」
「ったく、電気消すぞ」
鼻をもぎ取る勢いで摘みあげて睨みつけた。手を離すとかったるそうに、重たい溜め息なんかを吐いて。またその自分中心なデリカシーゼロ男な幼馴染を睨みながら、電気を消した。
溜め息をつきたいのはこっちもだっつうの。なんで、お前と一緒に寝ないといけないんだっつうの。
「…………なぁ、永井」
「んー……俺、もう眠い」
「おい! 永井っ!」
人んちにいきなり来ておいて、自分の話が終わったらもうおねむかよっ! って、背中を丸めて、すでに寝る気満々の永井の肩を思い切り揺さぶった。
「なんだよー」
夜遅くに押しかけてきたのはそっちだろうに、なんで、俺が邪魔そうにされんだ、おい。
「なんで、俺と公平がそうだってわかったんだ」
「あー? そんなん見りゃわかるだろ。つうか、この前、来た時点で俺はわかってたし」
「……え?」
この前って、その時点じゃ何も俺たちは。俺は好きだったけど、公平にはそんな素振りこれぽっちだって。
考えながら、「この前」の時点での公平のことを思い返していると、真っ暗な中、永井が客用の布団から大きなあくびをして、その「この前」のことを教えてくれる。見てりゃわかる。ちらちらとこっちの会話を伺ってたし、少なからず頬を染めていたと。
「あの可愛い子ちゃん、お前に惚れてるって」
「……」
「流行の両片想いっつうやつだ」
「……なんだそれ。それにお前、反対してたんじゃないのかよ」
「まぁな」
永井は昔っからそうだった。飄々としてるのに、実は相手の本質まで簡単に見抜いてしまう。
「俺が照葉にあん時言った、どっかで戻りたくなるっつうやつだろ?」
「あぁ」
「なると思うぜ。できない、作れない、ないない、ない。ないもんばっかだ」
「……」
「けど、鍵閉まってなかった。手繋いで帰って来た」
宝物みたいにあの子のことを見てたから、あとは大人同士勝手にやってくれ、だろ、と眠たそうに呟いている。
「それに、お前はさ、その、男同士っていうのを」
「あぁ、お前の華麗なる転身な。ノンケからゲイへ」
「……」
「そんなん気にするか、バーカ」
昔からだ。
「お前が俺を抱きたいっつったら、全力で断るけどな」
「ぶっ、げぇほっごほっ」
「おーい、照葉、大丈夫か? 死にそうか?」
死なないけど、想像したらきっと死ぬ。ものすごい怖いこと言うなよ。
「さすがに幼馴染をむせ殺すのは俺もちょっと罪悪感がすごいからやめてくれ。ちなみに俺、どっちでも無理だかんな」
昔から永井は飄々と、大人よりも大人な思考をしてた。
「うるさい。いいから寝ろよ。永井」
「起こしたのはそっちだろうが」
「うるさい」
「うるさいのもそっちだろ、けどさ、照葉」
「……」
「色々あると思うぜ?」
男同士だからの障害っていうやつも、それぞれの今まで育った環境の違いも、色々。
「でも」
「……」
「とりあえず、向こうの部屋に行くときは耳塞いでてやるからな」
「馬鹿、だろ」
昔っから、悪態ばかりだけれど、デリカシーゼロ男だけど、たくさん感謝しているんだ。
離れたいって言われたの、あのいびきのせいじゃないのか?
そう思えるほど、豪快な地響きにも似たいびきを立てて、今も寝ている。
「ぁ……照葉、さん」
「公平、おはよ。いびき、すごいだろ? 眠れた?」
「うん……眠れた。けど、いびき、すごいね」
やっぱり壁越しでも聞こえるよな。こんだけうるさければって、言ったそばから聞こえてる地響きのようないびきに公平が笑う。
「今日、耳栓買ってきたほうがいいのかも」
そう言ってまた笑った。朝日が君の周りに光の粒でもばら撒いてるんだろうか。キラキラヒラヒラ、寝起きの少しふにゃりとした雰囲気に、髪の柔らかさに、蕩けそうだ。
「とりあえず、あいつの朝飯はどうでもいいから。公平、朝、何にしようか」
「ぁ、あの、照葉さん……」
「んー?」
ずっと、してみたかった。
「えっと……おはよ」
俺の肩に「トン」って君が寄りかかるように、頭をくっつけた。その柔らかい黒髪を見ていると黒猫が撫でてと擦り寄ったみたい。
そして、見つけた。
きっと君の寝る時の格好がそうなんだろうね。後頭部のところがぴょこんと跳ねてることがよくあるんだ。小さな寝癖。
「な、何っ?」
それをさ。それをいつか撫でて直してあげたいって、ずっと、思ってたんだ。
「寝癖」
「!」
触れてみたいって、ずっと思ってたんだ。
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