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第22話 デリカシーゼロ男
朝、仕事へと永井を追い出す。
永井がいなくなった朝、それぞれの食材業者からの配達品の受け入れ、掃除、開店準備に、仕込み、そしてお昼前、十一時に開店。
日中、永井は仕事に精を出し。
俺たちは多忙なランチタイムをくぐり抜け、大体三時に一時閉店。それから自分たちの昼食、仕込み、店内の清掃、そして五時に再度開店。そんなにゆっくりしている時間はあまりないんだ。公平が遊びに来ていた午後三時前後、あれはもうその三時に合わせて準備を着々と進めてたし、一人でやるからさ。どんだけめちゃくちゃ急いだってさ。
っていうか、考えたら、それも気恥ずかしいけど。
公平が来る時間を作るために、それ以外のところでいっそいで仕事して、三時くらいになったら余裕のフリしてみせるとか。その当時はそれこそ無意識にそうしてたけど、けっこう無自覚でベタ惚れだったな。
同性とか、そういえばほとんど気にもせずにいつの間にか好意を持ってたっけ。
「照葉さん、掃除終わりました」
「あ、うん」
本当にすんなり、とても自然に君を好きになったんだと言ったら、君は驚くんだろうか。
「照葉さん?」
じっと見つめる俺に首を傾げてる君のことを、俺は相当好きなんだって伝えたら。まだ今の君には少し重いのだろうか。少しだけ、怖いのだろうか。
「いや、お腹ぺこぺこだなぁって」
「あ、もう十時になる」
夜のほうもありがたいことに、日々それなりに忙しくて、大体、お客足が途切れて閉店するのが十時前後。ちょうど今くらいの時間。
そして、そこからようやく自分たちのちょっとしたプラィベート――。
「よ、お疲れぇ」
けれども、今、そんなちょっとしたプライベートが、ない。全くもって、ない。
「さすがに居候させてもらってる身だからな。晩飯作っておいたぜ」
「うわ、すごい。これ、永井さんが作ったんですか?」
「まぁねぇ。けっこうできるだろぉ。お嫁さんになれちゃうレベルだろぉ」
「って、もうご結婚前じゃないですか」
「って、追い出されちゃったけどー!」
っていうか、プライベートにめちゃくちゃ割り込まれてるし!
「さてと、そんじゃ、飯、あっためるかぁ」
「あ、俺、やりますよ。もしよかったら、お風呂、先にどうぞ」
「え? いいのぉ? 居候なのにぃ?」
「どうぞどうぞ、お客様だし」
「そんじゃ、お先にぃ」
遠慮しろ。お先に、じゃないだろうが。
お前は、お客様じゃないぞ。居候だ。い、そ、う、ろ、う。居候。だから風呂は最後でいいに決ってる。そもそもデリカシーゼロ男なんだから気遣いもしなくていいし、永井なんて雑なくらいでちょうどいい。適当くらいでいいんだ。本当に。
「……さてと、ご飯、あっためないと」
全然、あれは適当でいいんだ。
「今日、お客さん、なんか多くて、疲れたでしょ? 照葉さん、ご飯、あっためますね」
そんな丁寧に接しなくたって。
「……なんて、あれだけど。お風呂、入ってもらったら、その間、二人っきりに、なれるかなぁ、とか思ってみたり」
居候なんだから。
「な、なんちゃって」
だから一番風呂なんてって。
「あ、あんまり、二人っきりになれない、から……なんて、思ったり、して。って、あはは。あのっ」
大歓迎だ。一番風呂。
斜めへそ曲がりになってた気持ちが、公平の赤い頬と照れた顔、くすぐったくなるような小さな声にグルリと、上向きへと方向修正をした。そして、思わず抱き締めてしまった俺の腕の中で、小さく身じろぐ細い肩にグンと更に上へ。
「あの……照葉、さん」
「ごめん。急に抱きしめたらびっくりするよね。こわ、かった?」
「ううんっ、全然っ」
君からも抱きついてくれたことに、心底ホッとした。いきなりでも、俺は君に抱きついてもいいってことなわけで。このくっついた状態でも君が身を強張らせることなく、むしろ、近くに来たいって教えてくれるみたいに、手を背中に回してくれたことが嬉しくて。
「全然……平気……っていうかさ」
「抱き心地なら最高です。違和感もないです」
「っぷ、なんで、俺が訊こうとしてることわかったの?」
わかるさ。君のことが。
「俺の抱き心地、最高?」
大好きなんだから。
「うん。最高……」
「……照葉さん……あのっ」
俺の腕の中から真っ直ぐ俺を見つめる君の、その黒い瞳の中に、俺がいる、とかも最高。
「あの……」
「もう少し、近くにいっても……平気?」
「ぁ……」
吸い寄せられてしまいそうなくらい、本当に、すごく――。
「しょ、よ……さ」
ほとんど聞こえないくらいに小さな君の声がちゃんと俺には聞こえちゃうのとかも、さ。かなり――。
「照葉、さん……」
「……」
かなり最高。
「はぁ、良い湯だったぁ、一番風呂、さいこー!」
「「!」」
「……ぁ、晩飯、もう少し後にするか?」
夜、十時すぎ、公平は慌てふためいて。
デリカシーゼロ男の永井はオリジナリティ溢れるデリカシーで後五分くらい風呂入りなおそうか? 五分じゃ足りないか、と尋ね。
「お前なぁっ!」
俺は、作ってくれた晩飯を温め食べることにした。上向きになりそうだった、あちらをどうにかこうにか宥めつつ。ご飯を食べることに集中するしかないだろうと、一生懸命自分に言い聞かせることにした。
「なぁなぁ、お前ら、チュー、まだなのかよ」
「……」
「さっきのあの感じ、まだ、してないだろ」
「……」
「っていうか、お前のチューするとことか……おえぇぇ、でも、ぐははは、でもでも、おえぇぇ」
「永井、お前のデリカシーどこいった」
「あ? あだー! いただだだっ! ぎぶ! ぎぶ! だっつうの!」
耳をもいでやる勢いで捻るように引っ張ると、慌てた永井が本当に耳が落っこちちまうと手で耳を覆った。
「うるさい!」
「なんだよー! お前、カリカリすんなって」
「う、る、さいっ! 早く、電話しろよ! 美穂子さんに電話しろ! 今しろ、すぐしろ!」
「わかったよぉ」
小さくぶつくさとぼやきながら、背中を向けて、スマホをいじり始めた。
「あ、もしも……」
「…………」
「照葉おー! 電源オフってるぞー!」
「早く帰れよお前はぁ!」
泣きたいのはこっちだとお互いに主張し合うが平行線のまま、もう今夜はどうにもならないだろうと就寝した。
そして、翌日。
「昨日、なんか二人とも楽しそうな声が聞こえてきた」
そう微笑む公平に二人で力を込めて、ちっとも楽しくなかったと完全否定をし続けた。
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