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第26話 無駄な抵抗はやめたまえ

 好きなものは大事にとっておくほうだった。五色セットのマーカーペン。一番好きな水色はほとんど使わなかったし。よくばーちゃんちにあったクッキーのアソート缶はあまり魅力的には見えないものから食べてたし。 「あ、あの……や、やっぱ、止めとこ」  けど、大好きな君にはそういうの、適応されないらしいよ。 「ほ、ホント、マジで、俺の身体なんて」  待ってる間ずっとそわそわしてた俺には、その提案を受け入れることも、ほんの少し考察してみることも難しそう。  風呂に入ってきたいという君の気が変わらないよう、先にどうぞと言われた俺は、ものの数分で風呂から上がった。自分でも呆れて笑ってしまうほど焦りながら身体を洗ったりしてた。  君は、目を丸くしてた。  ごめん。でも、早く早くって気持ちが急いて止まらない。 「あ、あの……照葉さん」  そんなTシャツだけ着て、太腿曝け出して、風呂上り独特の熱が沁み込んだ肌晒して。 「公平の中で、俺、なんかすごい美化されてるっぽくて、とても恐縮なんだけどさ」  聖人君子のような? ジェントルマンって感じで? 好青年、みたいな? 「全然普通にスケベ心あるし」 「ちょッ、照葉さんっ? わっ」  自分の部屋で布団を敷いて待ってた俺は、風呂上りの君をすぐに捕まえるし、引っ張り込むし、戸惑う君を遠慮もせずに膝の上に座らせる。 「ちょっと、あのっ、これっ、見えるっ」  ってことは、今、つまり下は裸っていうことだ。ね、俺はそんな君のTシャツの中を想像しただけで大喜びするくらい単純明快な野郎だよ。 「普通に君のやらしい姿を妄想したりはするし」 「は? あのっ、え? 待って」 「無理。待てそうにない」 「や、あの、ちがくて、そのっ、本当に、きっと俺の裸見たら、幻滅する、から、わァっ! ちょ」  膝の上に座らせられた君はじたばたじたばた。でも、もうまな板の上の鯉なんだ。押し倒されて、捲くれ上がりそうになるTシャツの裾を慌てて手で押さえるのも逆効果だ。煽られてるとしかさ。 「だ、め……ってば」  見せて、今、君のこの手が隠してしまったとこ。 「汚れてる? どこが? 全部、綺麗だ」 「だめ……照葉、さんっ、俺、綺麗、じゃない」  本当に全部綺麗だよ。湯上りでほんのり色付いた肌も、艶やかで柔らかい黒髪も、噛み締めて赤くなった唇も睫毛も、そして、見たらやだと抗う必死の手も。 「わ、わかってないんだってば! その、男同士のセックスって、尻の孔使うの。そんなの、照葉さんに、させられない……ねぇ、わかってる? わかってないでしょ? 俺、女じゃないんだ。セックスだって、照葉さんが今までしてきたのと全然違うし、骨っぽいし、硬いし、抱いたって柔らかいわけじゃないし、だからっ……きっと幻滅する」 「……」 「萎えるよ……俺が処女だったら、まだ抱けたかもだけどさ。そうじゃないし」  君の震える声はどんどん小さくなっていくのに。 「他の男に抱かれた身体なんて、照葉さんに抱かせらんない」  君が男同士のセックスはどうやるのかなんて言い始めて煽るものだから。どこで繋がるのかなんて教えてくれるものだから。  君と、そこで、繋がりたくてたまらない俺の欲望はどんどん大きくなっていってしまう。 「っていうか、こんな身体、きっと途中で」 「じゃあ、確かめてて」  何が、「ゆっくりと、君が怖くなくなるまで待つつもり」だよ。 「!」 「ガッチガチ……すごいことになってるでしょ」  呆れるけれど、君の掌に服越しで撫でられただけで、笑ってしまうくらいにそこが硬くなる程度にはただのスケベ野郎だ。ね? これっぽっちもジェントルマンじゃない。 「萎えるか、確かめてて」 「え? ちょっ」 「待たない。そこ、で、確かめて」  適当なことを言って、君に触れてもらいたいだけの、欲しがり野郎で。 「あっちょっ、ンっ……ァ、照葉っ、さんっ」  大好きな子を独り占めしたいただの――男だよ。 「あ、ァっンっ……ァ、あっ」  キスマークをつけて、君は俺のだって自己主張したい独占欲丸出しの男。 「あっ……照葉、さんっ、ァ、」  甘い声。やらしくて、キスすると反応がつぶさで、敏感なのもたまらなくて、唇で首筋の柔肌を強く吸うと、声がいっそう甘くなるのも、かなりくるし。うなじにキスする時、鼻先に触れる黒髪の柔らかにすら興奮できる。何もかもが色っぽくて、喘ぐ度に開く唇は舌を入れて掻き混ぜたくなる。唾液でびしょ濡れになるくらい、深く濃く、口付けたい。 「あンっ……ン」  こんなに可愛い君を抱いたことのある男が幾人もいることに悔しがる、ちっぽけな野郎で、それで。 「知らない……こんな、の」 「公平?」 「怖い」  くたりと横たわる君は心底困ったように顔をしかめて、震える吐息を腕で隠した。 「さっきのも、そう、だった」  真っ赤になって、俺を見上げて眩しそうに目を細める。 「キス、であんなに感じたことない」 「……」 「なんで、肌、に、キスもらっただけで、こんなの……知らない」  寝転がると余計に見えてしまいそうな際どい角度になるから、Tシャツの裾を引っ張って見えなくしようとする一生懸命な手も愛しい。 「公平」 「……照葉、さんっ」  あっちもこっちも隠したいって頑張る君がたまらない。でも、見せて? 萎えたりしないって、しがみつくその手で確かめててよ。 「や、やっぱ、やっぱダメッ、や、見ちゃ、あっ!」  大丈夫だから。怖がらないで。Tシャツをめくって脱がせると心細そうにした。 「や、だ……見ちゃ」  でも、ごめん。手は止めてあげられない。 「んんんんっ」  指で触れると、コリコリに硬くて小さな飴玉みたいな乳首も。 「やっ、あ! ダメ、やっぱ、やだ、だっめ、照葉さん、あの、乳首は」 「苦手、とか?」 「っ服、着て、とかがいい。その、俺の裸なんてやっぱ面白くないって。あの」  本気の抵抗っぽかった。慌てたように、何かを思い出したように、急いで手を突っぱねて、キスを遮ろうとする。 「な、萎える……絶対に」  顔を背けながら、君が脱がされた服を掻き集めた時に見つけた。 「これ……」 「っ! もっ、もう! 塞がった、けど! でも、まだ痕残ってる、でしょ」  それは君を悲しい気持ちさせるんだろう。悲しそうな顔をして、背中を丸めて隠した。小さくだけれど、乳首のとこにある傷痕を。 「こんなとこにピアスホールがある男なんて、ノンケの照葉さんには無理だって」 「……」 「ご、ごめん、あの、やっぱ、無理だよ。だから、その口で、とかで。俺、上手いよ? あの、それこそ、尻孔のほうが痛い時とかは口でして誤魔化して済ませてたし、だからっ」 「もう、今はしないの? ピアス」  尋ねられて、まくし立てるように話してた言葉が止まった。ハッと顔を上げたら、目にいっぱい涙を溜めてて。それを隠そうと急いでまた俯いてしまう。 「…………しないよ。そんなの」  肩を竦めた。今、君はどんな顔をしてるんだろう。 「ここに転がり込む前、その、借金云々の男、けっこうな金持ちだったんだ。だからほぼ奴隷みたいにさ、俺は飼われてて。性的趣向ってやつ」 「……」 「ピアスとかさ、身体に孔空けるの好きな男だった。アクセサリーのデザイナーしてるんだけど……それで」  あの時の君のことをよく覚えてる。君に初めて出会った時だった。耳朶が真っ赤に腫れてて、それを言ったら、豹変したように俺を誘惑してた。  合意なら別にいいさ。君がしたくてしたことなら、気にしない。けれども、君は悲しい顔をした。怖いと声が震えてた。  なら、ダメだろ。  装飾品を飾るために身体があるわけないのに。身体を飾るために装飾品があるはずなのに。君は――。 「…………好きだ」 「っン」  君のこの耳はピアスを飾る台座じゃない。 「あ、っ、ン、んん」  このピンク色をした胸の小さな粒は、宝石をひっかけて楽しむ場所じゃない。 「あァァっン、あ、やだっ、照葉さんっ、そんな場所っ」  だから、小さな傷跡の残る乳首にキスをした。 「や、だ……変っ」  痛みじゃなく、悲しいとかでもなく、気持ち良さそうに背中をしならせてと、もう片方にもキスをして抱き締める。 「公平」  ぴったりと寄り添って。 「あっやァ」 「好きだ」 「ァ、や、や、ああああああああっ!」  耳朶に優しくキスをした。乳首はごめん、君が気持ち良さそうだったから、ちょっとだけ強く摘んで。  声が甘かった。  射精する瞬間の君はその喘ぎも吐息も食らいつきたくなるくらい可愛かった。 「公平……」  余韻に浸る君に見惚れてる。 「嘘、ァ……俺の身体、変、だ……なんで、こんな」  君はこれっぽっちもわかってない。知らない。  どれだけ、ヤバいくらい可愛いのか。どれだけ抱き締めたいの堪えてきたか。 「こんなの、なったこと、ない」 「……」 「照葉さんっ」  戸惑う君が手を伸ばして俺に掴まろうとするのが嬉しくて。 「好きだよ、公平」 「っ」  ジェントルマンじゃない。聖人君子でもない。  俺は、君がこんなの知らないと怖がってるのに、君を抱いてきた男たちの誰一人として知らないだろう、今のこの蕩けた表情の君を抱けることが嬉しくてたまらない。 「公平」 「ン……」  君を独り占めできることが、たまらなく幸運だと、小躍りしたくなるような、そんな小さなただの男なんだ。

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