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第28話 初めて
「もしもーし」
「……」
「公平さーん」
「……」
「いらっしゃいますかー?」
「……」
目の前には布団でできた小さな山。中には最愛の人が篭もっている。
「……のぼぜない? その中」
「……」
「……さすがに、さむっ」
そんなに言うほどは寒くないけどさ。
「それと、公平、ごめん」
「ちがっ! そうじゃないっ」
ほら、布団の中は暑かったんだろ? 顔が真っ赤だ。
山が崩れて、ふわりと布団が開いたと思ったら、君が飛び出してきて俺に抱き付いてくれた。
そんなことないと首を横に振ってくれるけれど、実際さ、最後は少し無理をさせた。
本当にやめてあげられなかったからさ。くたくたな君を風呂に入れて、綺麗にしてあげるつもりが、そこでも止められなくて。
「あ、謝んないでよ。俺も、その」
「?」
「し、したいって、言った、じゃん」
呆れられたかもと心配しつつ、怒るとかじゃなく、布団で作った山に篭もる君が可愛いなぁとにやけてみたり。
「だから、その。俺、なんか、最後、声すごかったし。その、ビッチって……思ったかもって」
「ビ…………ッチ」
言葉にしたら君が肩を竦めた。
「っぷ」
「ちょ! なんで笑うんだよ!」
「だって、俺が止められなかったんだから、普通は俺が言われるほうだと思って。ビッチって」
「は? あの、ビッチっていうのは、そういうことじゃなくて」
「君がただただ可愛くて、止められなかったんだ」
「!」
そっと頬に触れると、君の瞳が綺麗に輝いた。
俺は、激しくしすぎたんだと思った。
君が可愛くて仕方なくて、いつまでも腕の中で抱いていたくて。
「ビッチなんてこれっぽっちも思ってない。こっちこそ、君が布団に篭もるから、絶倫馬鹿男って呆れられたのかと心配した」
「は? な、何、絶倫って、ぉ、思ってないしっ」
「そう? でも、なんか、顔が怒ってる」
手を握ったら、君の手にはまだ熱が残ってるみたいに感じられた。
「こ、これはっ、あんなわけわかんなくなったことない、から。その、声とかさ、照葉さん、やじゃない? 男の喘ぎとか、抑えたかったんだけど。それに、シーツすごいことにしちゃったし。なんか、あんなに」
「そ? すごく可愛かったけど」
あぁ、大好きだ。
「あんなふうに、なったことない、から! 俺、そのっ」
「たくさん、気持ちよかった?」
「!」
覗き込むと、愛しさが込み上げてくるほどに、ほら、また可愛い顔をして困ってる。
「し、知らないっ」
「たくさんイってた」
「しっ、知らないってば! っていうか、なんで、そんな男初めてなのに、あんな、あんな、あんな」
「俺、上手かった? 君のことを気持ち良くさせられてた?」
「……」
ついさっきまでは可愛い困り顔。今は少しおとなしくなって、腕に掴まりながら肩に額をくっつけて、少し、しょんぼり顔かな。
「今までの、恋人のことも、あんなふうに、抱いてた、の?」
今度は、ちょっと怒ってる? いや、ヤキモチ顔?
「さぁ、どうだろう」
「し、しらばっくれんな! あんな、だって、俺っ」
ほら、頬を膨らまして、まさに焼餅顔。
しらばっくれてなんかないよ。本当にどうだろう。あんなふうに衝動が抑えられなかったことなんてないよ。
「君は一、二……三、四、あと、お風呂で二回。俺は……」
自分でも呆れるほどだった。でも、それは君が可愛いからだよ。激しかったのは、君のせい。
「一応、過去の相手の意識を飛ばしたことはない。絶倫と自負したこともない。今もないけど」
止められなかったのも、抱き潰してしまいそうだったのも。
「君にだけだ」
「そんなっ、っ……ン、ん」
あんなにキスしたのに、またしたくなったのも。
「どこも、痛くない?」
「……うん」
「キス、してもいい?」
「い、いいいい、いいに決ってんじゃん」
「い、がいっぱいだ」
笑いながら唇を重ねて、舌を絡めて、濡れた音を響かせる。優しくてやらしくて、セックスの最中、美味しそうに俺のペニスにしゃぶりついてくれた、可愛い舌をまさぐった。
「ンっ」
君はキスを終えると唇を少し尖らせ、閉じた瞼に少し力を込める。まるで「もっと」ってせがむみたいに。
「俺に、だけ?」
「うん……そう、君にだけ」
まさか風呂場で盛るとは自分でも思わなかったよ。しかも、もう、するつもりなかったはずなのに。ちゃんと君の身体を洗って、大事にしたかっただけなんだけど。
立ったまま風呂場で、なんて初めてだ。
「公平にだけだよ」
額に、瞼に、鼻先にキスをした。あと、さっきから縮こまっている肩にも。けれどここはキスっていうより少し齧って。うなじはわざとくすぐるように吐息混じりで悪戯っぽいキスを。
「あは、照葉さん、くすぐったい」
「くすぐってるんだ」
「ちょ、あはは」
こそばゆい? なら、ここも君の性感帯なんだ。って、君は全身性感帯だけれど。敏感すぎ。でも、セックスの最中に「敏感だね」って呟いたら、怒ってたっけ。
こんなじゃない。
そう真っ赤になって喘ぎ声を零す自分の口を塞ごうと、手の甲を押し付けてた。
「あは……ぁ……照葉、さん」
たまらなく可愛かった。
こんなんじゃない、それはつまり、今まではこんなに敏感じゃなかった、こんなには気持ち良くなかったってことだろ?
膝をかかえて、布団の要塞にすぐにでも逃げ帰れる君の足首を掴んで、膝小僧にキスをした。唇が触れるとピクンと足が跳ねる。
「公平の声が可愛いから」
さっき君は変な声って言っていたけれど、その甘い嬌声が聞きたくて何度も突き上げた。
「気持ち良さそうにしてて、好きだよ。セックスの時の公平の声」
腰を掴んで回すように挿れると、シーツを一生懸命に握って、身を捩って快楽に震える。
奥を突くと切なげに孔の口を締め付けて、足の先に力を込める。浅いところを小刻みに擦ると、喘ぎ声も小刻みになって。前立腺をペニスで愛撫すると切なげに表情を歪ませてた。
「……」
俺も知らない。こんな衝動は、知らない。
「って、ほら、寝よう。俺は、少し水飲んでくるから」
馬鹿になったみたいに、思い出しただけで、君のことが欲しくなる。
「しょ、照葉さん!」
「っ」
「せ、背中っ!」
「え? ちょ、公平っ?」
Tシャツにしがみ付くから何かと思った。失敗した。少し襟口のところから見えてたんだね。見つからないように務めてたつもりなんだけど。
「ご、ごめん! あの、俺っ」
そんなに慌てるほど痛々しい?
「照葉さんに、こんなっ」
「風呂場で少し沁みたんだ」
「!」
本当に馬鹿になったのかもしれない。触れただけで、欲しくなる。
「この背中の痕分、君が俺を欲しがったんだって」
「……」
「この爪の赤い痕の分だけ、君が気持ちよかったんだって」
けど、さすがに、今夜はもう――。
「めちゃくちゃ嬉しかった。公平はもう、寝ていいよ」
「ね……あの、さ……お、俺の声、好き?」
熱を一人で冷ましてくるからって、部屋を出ようとした手を君が掴む。
「セックスの時の声、好き?」
「……」
「俺、すごく気持ちよかったよ。痛いなんてこれっぽっちもなかった。こんなの初めてで。もっと」
もっと?
「たくさんセックスしたいって、初めて、思った」
触れただけで欲しくなる。思い出しただけで熱が込み上げてくる。こんなの今までなったことなくて。
「照葉さん……」
「絶倫男って、呆れられそう……」
「呆れないってば」
クスクスと小さな笑い混じりの会話は穏やかななのに。
「あっ……ン」
その合間に零れる君の声は甘くて。
「ン、照葉さんっ」
名前を呼ばれるとゾクゾクして。
「あぁぁっ」
替えたばかりのシーツが乱れていく音はなんだかとても艶っぽかった。
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