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第33話 ハッピーハロウィン

 設定は、名探偵と敏腕秘書、だっけか。 「っぷ、ぷくくく」  君はベストに蝶ネクタイ、そして、クロップドパンツ。あと、ハンチング帽。同じ歳の、たとえば永井がやれば大爆笑間違いなしなのに。君がすると、どうしてかそのベストとズボンの間からちらちら見える白いシャツすら色っぽくてさ。 「……笑いすぎ」  俺はクラシカルなツエード生地のジャケットにパンツスタイル。けど、ツエード生地って裏地があっても、ちょっとチクチクして苦手だったりして。 「だって」  公平が腹を抱えて、よろよろとよろけながら、笑うのを一生懸命に堪えてる。 「仕方ないだろ? こういう形の付け髭しか売ってなかったんだから。それにハロウィンの衣装、買いに行くって、一緒に見てたじゃん」  その時は笑ってなかったのに、今、公平は付け髭顔の俺を改めて見て――。 「ぷくくくくくっ」  ほら、また笑った。 「だって、あの時は、それどころじゃなかったんだもん」  笑うのをやめて、すっと、君が手をこちらへと伸ばす。その指先の動きには色香が混じってる。甘えたい時、その指先のほんの先の部分だけ色が綺麗なピンク色になったように感じるんだ。その指が動くと、絵本なんかで見たことがある魔法の杖のように、キラキラって星が瞬いているように見えることもあるくらい。 「俺、あの時、デート! とか、勝手に浮かれてたから。もちろん、照葉さんがそんなつもりじゃなくても」  君はきっと気がついてない。  君はよく、俺に触れたがる。今みたいにちょこんとだけ、突付くように、肌の一番上のところだけを刺激するみたいに僅かにだけ触るんだ。 「朝ね、照葉さんの部屋が忙しそうにしてて、なんか、用事があるのかなぁって思ってがっくりして。でも照葉さんが服を探してただけって言ってて。何も用事はないって。それなら長く一緒にいられるじゃんって嬉しかったり」  ちょこん。 「雑貨屋さんで色んなの見ながら選ぶのも楽しかったし」  ちょこん、ちょこん。 「あの時さ、夜、晩御飯を外でしませんか? っていうのもドキドキしてた。あそこのモツ煮屋さんがすごい楽しくて、俺、あんなに楽しかったの、……」  ちょこんって。  だから、俺は君にちょこんってキスをした。 「……これからもっとたくさん楽しいことがあるよ」  突付くように指先でくすぐるから、突付くように唇で触れた。 「と、私は推測するね」 「! っぷ、あははは、照葉さん、名探偵だもんね」 「髭、くすぐったかっただろ?」 「うん、ちょっとだけ、ね」  今度は君としっかりと唇を重ねたかったから、口髭を外してキスをした。大丈夫、これは何度でも繰り返しくっつけられる魔法の口髭なんだ。そうこっそりと教えて、二階の互いの部屋の間、廊下のところで何してんだろうねって、笑い合いながら、またゆっくりキスをした。 「えっと、お菓子配ればいいんだよね」 「うん、そう、皆、仮装して歩いてるからそれでわかるよ」  町内会イベント、俺らが子どもの頃はハロウィンってそんなにしなかった気がするけど、今の子って、クリスマスやバレンタインなんかと同じように、普通にイベント枠に組み込まれてる。気合入れた仮装の子もいれば、三角帽子にマントを羽織っただけのお手軽仮装の子も。  それぞれが楽しそうに「とりっくおあとりーと」と鼻歌混じりに言ってあっちこっちの店を回って。 「ねぇ、照葉さん! お菓子のストックどこに置いてたっけ」  今日は少しだけお祭りみたいなワクワクが町内に広がるんだ。 「あぁ、それはすぐに出せるようにってレジ横に」 「あ! あったあった」  でも、今日はその町内の中でもうちが一番ワクワク高め、かも。  だって、うちには君がいる。  君がいて、朝からずっと走り回って、声が弾んでて、そして、嬉しそう。 「やば、なんか、緊張するっ、ね、照葉さん、去年はけっこう人来たの?」 「んー、ぼちぼち、かなぁ」  去年は一人で仮装行列の子どもにお菓子をあげたんだ。  一昨年も、もちろん一人。楽しかったよ。けっこうお祭りみたいなの好きだし。子ども達が楽しそうにしてるから、つられてこっちも楽しくなったし。 「そっか。俺、あんま子どもに好かれないんだよなぁ。大丈夫かな。照葉さんのほうが好かれそうだから、俺引っ込んどく?」 「とっ! と、とととと、と…………とあっ!」  小さな男の子だった。何歳くらいなんだろう。年長さん? わからないけれど、でも小さな男の子がプラスチックでできたカボチャの鞄を、ずいっと前に差し出しながら、真っ赤な顔で公平に向かって「と」って、叫んでた。  俺は店の中、カウンターのところにいて、名探偵の助手である君が主にハロウィンのイベント担当として、店の出入り口、今日は開けっ放しの扉のところでやってくる子どもたちを迎える。  ここから見えるのは、まるで額縁のように切り取ったような扉一つ分。  そこにひょっこりと現れた子ども。緊張が手に取るように顔を強張らせて、頬が真っ赤だ。熟したほおずきみたいに真っ赤。  仮装はたぶん……魔法使いかな。三角帽子に真っ黒マント。ママが作ってくれたのかフェルトでできたコウモリがワイヤーで帽子にくっついていて、その子が動く度に、びよんびよんと跳ねている。  可愛いな。  緊張しすぎて、顔が怖い。その子は困っていた。言葉が頭からすぽんと抜けてしまったんだ。知らない人にいきなり変装したまま話しかけるのも、聞いたこともない呪文のような言葉を言うのも、全部、すごくドキドキしすぎて、思考回路が止まっちゃってる。  口を真一文字に結んで、突付いた瞬間泣き出してしまいそうなほど。 「あ、えっと」  泣いちゃいそうだ。 「とりっくおあとりーと、どうぞ」  君はその子よりも目線が下になるようしゃがみこんで、その子を見上げた。にこりと微笑んで鼻先を突付くと、そのカボチャのケースの中にチョコとクッキーと飴玉を入れた。 「頑張って。とりっくおあとりーと、だよ?」  優しい声で、優しい笑顔で、カチカチに緊張している子どもに接してあげる。 「ばいばーい!」  手を振って、その子を見送った。  ここから見てるとまるで絵画のように縁取られたそこから、こっちを見て、楽しいよって笑ってはしゃぐ君に見惚れる。  笑顔を向けると、はにかんで、ハンチングを目深に被って顔を隠してしまう君を、とても、すごく、心から愛しいと思った。

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