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第46話 家族遠足

 もう定年間近の両親が喜びそうなのはどんなだろうと考えて決めて行ったら、ちょっとバスツアーとかでありそうなコースになってしまった。午前中にタワー上って、近くのレストランでランチした後、フェリーで移動。ね、ほら、かなりバスツアーっぽい観光コースだと思うんだ。 「クラゲが綺麗なんだって」 「へぇ、あ、クラゲサラダって俺好きなんだ。公平は?」 「好き。美味しいよね」  フェリーで移動して海岸沿いにある水族館がラスト。平日の午後、そう混んでもいなくて、穏やかに散歩を楽しむ感じ。冬の寒い中じゃさ、明日の夕方にはまた飛行機での長時間移動が待ってる両親をあまり長く出歩かせられないと思って。 「って、水族館でクラゲサラダの話って色気ないな」  あと、君も疲れちゃうだろうなと思った。 「あはは、そうかも、でも、俺は水族館……あんま来たことない」  ロマンチックなクラゲのエリアは幻想的でデートにぴったり。イルカショーや可愛いラッコ、間近で見ることのできるアシカやペンギンは子どもにぴったり。 「縁がなかった……っていうかさ」  そう小さく呟く君に、「ラッキー」って俺が呟いた。 「君が水族館デートをあまりしたことがないなら」 「……」 「これって、君の初体験だ」  これでまた君にとってタイムマシーンを使いたくなる過去が一つ増えただろう? 「照葉―! 公平くーん!」  呼んだのは父だった。どうやらチケット売り場が電子になっていて戸惑っているみたいだ。 「行こう。公平」  駆け寄るために手を握った。人はまばらだけれど迷子にならないように、まだ元気なようだけれど、一日歩いて疲れているかもしれない足がもつれて転んでしまわないように。しっかりと手を繋いだ。  ナマコってさ、食べられるんだ。塩で揉んで揉んで、揉んで。そうするととても小さく萎んでいくんだけど、コリコリしてて美味しいんだよ。  そう言ったら、君が明らかに顔を引きつらせてた。 「ちょ、ちょちょ、ちょっおおおおおお、と! 照葉さん、照葉さんっ!」 「うん」 「うんじゃなくてっ!」  たしかに触るのは少し勇気がいるかもしれない。 「だーいじょうぶだって、噛まないと思うから」 「え! 噛むの? ねぇ! 照葉さんってば!」 「あはは、噛まない噛まない……たぶん」 「噛むんでしょ! ねぇってば!」  君の手を引っ張って、「静かに……」って、もう片方の手、人差し指を自分の口元に置いた。水の中のナマコがびっくりして、本当に噛んじゃうかもしれない。って、噛まないけれどもさ。  海の生き物ふれあいコーナー。ナマコとかヒトデとかがいるんだけど。本来は子ども向けなのかな。でも今日はあまり人がいないから。 「ちょっ、照葉さん!」 「うん」  もうめちゃくちゃ楽しくて、どうしようか。 「照葉さん!」 「はい」 「照葉さんっ! てばっ」 「はいはい」  大変だ。大変そうな公平が可愛くて大変だ。 「ほら、静かに……ナマコがびっくりしちゃう」 「んんんん!」  あ、なんかちょっとエッチな声。 「ひゃああああ」  おお、可愛い悲鳴だ。 「ふ、ン、んんんんんん」  え? わざと? それはさすがにエチさがすごいよ。 「んんっ…………ん? あ、あれ?」  恐る恐る、とびきり怖がりな君が手を掴まれたまま、ずるずると水槽の底へと引きずりこまれる。って引っ張ってるの俺なんだけれど。 「あ、なんか、案外」 「平気でしょ?」 「……う、ん」  君がびっくりしてた。ナマコが案外気持ち良いらしい。うちの両親はなんでもかんでも抵抗がないらしく二人でヒトデだなんだと触りまくっていた。その時だった。 「ままぁ、私も触りたいー」 「ごめんね、ママ、お腹が大きくて抱っこできないの。水槽の近くの子いないかしら。あ。ほらほら、あそこの子なら、触れるんじゃない?」  隣で小さな女の子が一生懸命に爪先立ちで中の水槽に手を伸ばしてる。覗き込むように視線は目の前のガラスの中、そのママが指差す辺りにいるナマコを見つめて。指をめいっぱいにナマコへ伸ばすけれど、触れるのは水面だけ。いっこうにナマコまで届きそうにない。 「あの、もしご迷惑でなければ抱っこしてもいいですか?」  お腹が大きくて、その子を抱っこしてあげられないんだ。 「え? あ、でも」 「ママの代わりに」 「やたー!」  ママの代わりにその子を抱っこしてあげた。するとその女の子は歓声を上げて、手を、指を一生懸命に目の前のナマコへと伸ばす。最初はおっかなびっくりで。でも、初めて触ったナマコが面白かったようで目を輝かせて。 「すごーい! ぷにぷにしてるー!」 「うん、ナマコだからね。あ、あっちにはヒトデだ。触ってみる?」 「うん!」  少しそのまま移動してちょっとさっきよりも近いところにいるヒトデの所へ。女の子は小さな手をいっぱいの伸ばして、まだ短くぷにぷにした指でそっと突付いた.。 「ぁ、ちょっと硬い!」  今度はあっちのナマコ、と彼女が指差すほうへと彼女を運んで、次はあそこの大きなヒトデって、また右へとその子を運ぶ。しばらくヒトデとナマコを交互に触って、ようやくその子は満足しきった顔をした。 「ありがとう! お兄ちゃん!」 「いえいえ」 「ありがとうございました、あの、ごめんなさい。ずっと抱っこを」 「いえいえ。よかった。楽しそうで」 「本当にありがとうございました」  お腹が重そうなママさんは小さな女の子の手を取って、次はペンギンを見に行こうとその場を離れた。 「ナマコはメニューにするのは難しいかもね。苦手な人もいるだろうし。塩もみしてる時、公平がびっくりしちゃうかもだもんな」 「……うん」  声が落ち込んでいた。 「照葉、公平君、ナマコすごいわねぇ」 「……はい。そう、ですね」  そして、公平の表情は硬く、笑顔はどこかに消えてしまっていた。

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