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第52話 さぁ、降参せよ
真昼間にセックスってさ……まぁ、ちょっといかがわしいよね。ちょっと、けしからんって感じ、だよね。
「おにぎりは、あんまり……硬く……しない、ようにっ」
フツーは、ね。けしからん、だよね。
「できた! 照葉さん!」
「んー……六十点」
「え、厳しくない?」
でも、けしからん、じゃない感じ。いかがわしくな、いや、いかがわしいけど、やっぱりいかがわしくはない感じ。
「そりゃ、おにぎり屋ですから」
数時間前に君としたセックスは「けしからん」じゃない感じ。
「それじゃ、いただきます」
「め、召し上がれ」
だって幸せだったから。君とセックスできて嬉しかったから。
「ど、どう?」
「……」
「あ、あんま、だった?」
「め……」
「め?」
「めちゃくちゃ美味しい」
普通はさ、逆だよね。君が布団の中にいて、俺が君を労わるべきなのに。だって、たくさんセックスしただろ? 何度も何度も身体を繋げて、キスをして、全身に触れて、トロトロでびしょ濡れで。それなのに、お腹が空いたと君は言い放つと、晩御飯を作りに行ってしまった。追いかけていくと、君が嬉しそうにお米を研いでた。目が合うと、照れくさそうにおにぎりにしたいと笑ってた。
「具はタラコと鮭をそれぞれひとつずつね……」
ご飯が炊き上がるまでに玉子焼きに小松菜の炒め物、それにきのこの味噌汁を二人で作った。料理はしたくなかった君の包丁はとても危なっかしいからちょっとだけ隣でヒヤヒヤしたんだ。
「……美味しい」
そんな君が自分で作ったおにぎりを噛み締めて食べている。
「俺、自分で料理ってできなかった」
手、汚いって思っちゃって、どうしても自分が作ったものは口に入れられなかった。
「その、例の接待をさせられる頃には嫌悪感がすごくてさ」
仕方ない、これしかないし、これしかできないだろ? そう思いながら耐えていた毎日。
「気持ち悪いって思いながら食べてた。だから、少し痩せすぎてさ、あの男にも、使えないって言われたり、した」
頻度はどんどん落ちていく。ならこのまま骨と皮だけになればこんなことしなくていいのかな、なんてことも考えたりした。洗っても洗っても汚れている。どんなに石鹸をつけても消毒しても、触れた物を思い出すとみるみるうちに汚れていくように感じてた。
この身体は、汚れていた。
洗っても取れることはない染みだらけの汚い身体だと。
「だから、今すごく、……」
君の手を掴んで引き寄せて、その掌にキスをした。自分のことを必死に守っていたこの手を。
あの雨の日、急な雨は冷たくて、薄着の君は寒そうに自分の腕を手でぎゅって掴んで。
その掌にキスをした。
「照葉……さん」
「ご飯粒、付いてたんだ」
「……」
君の掌にご飯粒がついていたから、つい食べてみた。
「っぷ、教えてくれればいいのに」
君は笑って二個目のおにぎりを口いっぱいに頬張った。
「あ、玉子焼き美味しい! やっぱ甘くないのが好き」
嬉しそうにご飯を食べてくれる。
「ね、照葉さん、お味噌汁、めちゃくちゃ味濃くない? 俺、味噌入れすぎたかも」
指についたお米粒を食べて、笑って。でも、実はその頬にまだ一つ、お米粒が。
「しょっぱかったら、」
「美味いよ」
ほっぺたのお米粒を摘んで取って。
「すごく美味い。公平」
「ホントー? でも、俺は照葉さんみたいに」
「だからずっと一緒に飯、食べよう」
「…………」
目を丸くして、君がぽかんと口を開けた。
「な、に……言って」
「一生、ずっと、一緒に飯食べよう」
「……」
「あ、あれ! 従業員と店主じゃなくて、その、恋人というか、パートナーというか」
「……」
「家族というか……って、な、なんで、泣いて」
唇のすぐ横を大粒の涙が転がって落ちていく。
「だ、だって」
「うん」
「う、うん、じゃないよ! うんじゃ! ね、ねぇ? わかってないでしょ? 俺、その、えと、俺の過去とかさ、考えたら、きっと」
「きっと?」
もう怖くないだろ?
「め、迷惑かけるかもしれない」
おぉ、まだ微々たる抵抗をするわけだ。
「あ、あいつ、が、もしも押しかけてきたら? 過去の、その接待の時のこととかで、その」
「性接待? 犯罪ですけど?」
「は、犯罪に俺、加担してたじゃん」
「脅されてた。それって脅迫ですけど?」
「っ、け、けど」
「君が好きなんだ」
そんな抵抗は無駄だ。手を挙げて、さぁ早く。
「返り討ちにしてやるさ」
さぁ、早く手を挙げるんだ。そして、降参してしまえ。
「保障する」
「……」
「君は俺と世界一美味いおにぎりを毎日食べる、世界一の幸せ者になるんだ」
「……」
「保障するよ」
降参して、手を挙げて、愛を誓えばいいさ。
「二人で、幸せになろう」
ね? ほら、無駄な抵抗はそろそろ諦めて、俺と幸せになろう。
「公平」
「……うん」
小さな声だった。小さいけれど、たしかに君はうんと頷いて、そして嬉しそうに笑っていた。
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