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第53話 ぎゅって

「それでは、サイズを測らせていただきます。左手を、宜しいですか?」  白い手袋をした女性が笑顔でそう言うと、めちゃくちゃ緊張している公平が慌てて手をガラスのテーブルの上に置いた。  肩を竦めて、手をパーに開いて。  これから測ってもらう左手の薬指をじっと見つめる。 「このくらいだと……いかがですか?」 「ちょっと……まだ緩いかも、です」 「かしこまりました」  二人で揃いの指輪を作るために。  結婚指輪、みたいなもの、かな。嵌める指が指なだけに。けれど、ただの結婚指輪じゃないんだ。 「それでは、このくらい、ではどうでしょう?」 「あ、はい。こ、このくらいで」 「……指の関節に合わせるとちょうどこのくらいのほうが宜しいかと思うのですが、ずっと身につける場合ですと、もう少しサイズが小さくてもいいと思います」 「あ、いえ、あの……料理屋、なので」  君が幸せになるって約束を形にした、初めてのプラチナ。 「かしこまりました。それでしたら、サイズはこちらで……指輪サイズのお直しはいつでもお受けできますのでおっしゃってくださいませ。それと外すこともあるようでしたら特別な指輪ケースもございますがご一緒にいかがですか?」  ガラスの花が開いた真ん中が窪んでいて、そこに指輪を置いておけるんだと思う。金粉混じりのガラスの花びらは先端だけほんのり色づいていて。 「あー……いえ」 「買います」  今の君のほっぺたのように綺麗な桜色だった。 「んもー、照葉さん、ガラスのケースなんて、わざわざ買わなくても」  だって緊張してた君のほっぺたと同じ色をしてたから。 「聞いてる? 照葉さん! 指輪だって、あそこのオーダーメイドのじゃん。中に名前彫るって、もう、そんなのさ」  だって、君と家族ですっていう証の指輪。君と一生一緒にいるって約束を形にした指輪なんだ。そんじょそこらのアクセサリー店じゃ足りないさ。 「……聞いてるよ。ガラスケース、綺麗だったし」  ――指輪、選びに行こう?  ――……。  ――ダメ? あんまイヤだった?  君にとってはイヤな記憶に繋がるかもしれない。貴金属とかアクセサリーとかって。そう、何も答えず、ぽかんとしていた君に尋ねたら。  ――ううん。その……初めて、だから、そういう、指輪とか、って。  ニコリと笑って、君はこの指にそんなのをできる日が来るなんて思わなかったからと笑った。そういう嬉しさとか幸せとかを諦めていた君が笑って、照れくさそうに頷いた。  ――不思議な感じ。  言いながら、君は自分の手をじっと見つめていた。 「大事な指輪だから、値が張るのは当たり前」 「……」 「あと、名前は絶対に入れたい」 「……」 「俺の指輪には公平って、公平の指輪には俺の名前」  指輪を決めてきた帰りに寄り道をして見に来た駅前のイルミネーション。今年はなんか豪勢な気がする。けど、きっとそれは君が隣にいるから。 「健やかな時も病める時も、死が二人を分かつまで、俺は君をたんまり甘やかすと決めたから」  愛しい君の輝く笑顔のせい、とか言ったら、くさすぎて笑ってくれるだろうか。 「泣かないでよ。公平」 「っちがっ、これはっ」  目から水? それが定番の台詞かなぁ。 「俺、泣いたことなんて、ほとんどないよ」 「……」 「こんな気持ちになったことない。なんて言ったらいいのかわかんない」  絶対に、絶対にそうしよう。君のことをこれでもかって呆れられるくらいに甘やかそう。今、君の泣き顔を見てそう思った。 「ッ、照葉さんっ」  イルミネーションはあまりちゃんと見たことがないと言っていた。クリスマスケーキの苺も、チョコレートの甘い細工菓子も、クッキーだって、枕元のプレゼントも、なにもかも。 「健やかな時も、病める時も、死が二人を分かつまで、俺は照葉さんのこと、幸せにする」  君がしたことない、見たことないものを全部、俺としよう。まだ、死が二人を分かつのはきっとずっと先のことだろうから。 「けどっ! 俺、死、じゃっても、照葉さんのこと、ずっと好きっ、だよ」  それなら、もっともっと、ずっと長く一緒にいられそうだ。定番の誓いの言葉が示す期間以上に君が俺を、俺は君を大好きなままなのだから。 「俺も……」 「……照葉、さんっ」  手を繋ぐと、細い指先がきゅっと握り返してくれた。そして冷たかった指先があっという間にあったかくなっていく。 「イルミネーションデートは気に入った?」 「っ、あんま、見えない、けど」  たしかに、泣いちゃった君にはキラキラした光は全部滲んで溶けてしまってるに違いない。 「でも、嬉しい」  それはよかった。  まだ君を連れまわしたい場所は山ほどある。初詣。おにぎり屋だけれど、バレンタインにはチョコを、それと春になったら桜を見に、夏になったら海を見に、そして、またぐるりと一周して一年後、秋になったら紅葉を見に、ピクニックに行こうと思ってる。  安心して。  おにぎりの具ならいくらでも思いつく。季節に合わせて二人で考えて、新作おにぎりの試食会をするんだ。大きな敷物を買おう。二人でごろ寝もできるような大きな敷物。それから昼寝用にブランケットも買わないと。大きなお弁当箱も必要になりそうだ。  それから、それから――。 「俺も、公平と見れて嬉しいよ」  それから――。 「ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ……で、はい! できあがり!」  君がぴょこんと笑顔を弾かせて、できたておにぎりを皿に乗せた。  公平考案、ピクニックおにぎり。おにぎりひとつでピクニック気分が味わえる。甘辛いタレを絡めたカラ揚げが真ん中に、食べ易いように、海苔の代わりに紫蘇を巻いて、  ご飯にはいり卵が混ぜ込んである。  来週、桜を見に行くから。二人で食べるおにぎりを公平が作りたいって。  とってもとっても楽しみにしてた。お店が定休の月曜日、天気は今のところ晴マークの降水確率十パーセント。 「あ、あんま、美味しくないかもっ! 甘辛タレがしょっぱいかも! レタス合わない、かも! それから」 「いただきます!」 「っ!」  大丈夫だよ。  絶対に美味しいさ。 「ど、どう?」  君が入れてくれたもの、全部俺の好物だもの。それに、君にはまだ教えてなかったっけ? 「んー……」 「ダ、ダメ? ダメそう?」  最高の調味料はね、「愛情」なんだ。だから、めちゃくちゃ美味しいよ。 「んー……」 「ねぇ! 照葉さんってば!」  だから、美味しかったろ? 毎日三時、君のために作ったおにぎりは、とっても、美味しかっただろ?  ぎゅってしたら、いただきます。  ぎゅってしたら、ごちそうさま。 「最高」 「!」  ぎゅって。  大好きな君にたんまりごちそうを。ぎゅって、ぎゅって、愛しい君を抱き締めて。

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