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焼いたもち編 1 焼いた餅は美味しいけれど、ヤキモチは……

 最近、気がついたことがある。 「いらっしゃいませ、あ、元気にしてましたか? お久しぶりです。へぇ、海外に行ってたんですか? うわぁ、すごいです。俺ですか? 海外なんて行ったことないです。日本も……あんまかな。旅行行く機会がなくて。いやぁ、どうだろ。浴衣とか着物なんて着方すらわからないから。あ、おにぎり、何にしますか?」  あのさ…………おにぎりの注文取るまでが長くないかな。  いらっしゃいませ、いや、ここで、お久しぶりです、くらいなら付け加えてもいいかもだけど、もうすぐに、おにぎり何しますか? に飛んじゃっていいと思うんだ。海外出張の話いらないと思うんだ。旅行の話なんてしなくてもいいと思うんだ。浴衣の話とか、君が着たらとてもよく似合う、なんて言うのもいらないと、思うんだ。 「昭葉さん、おにぎり、こんぶと、それから栗ご飯のおにぎり、お願いしま……昭葉さん?」  そうそう、最近、気がついたこと。  俺は、案外、独占欲が強いらしい、ということ。 「えぇ? それで、あんなに怒ってたの?」  案外、君をとても、とっても独り占めしたいと思っていると、最近、気がついた。 「いや、だって、海外旅行の話題しなくていいでしょ。それに浴衣が似合うとか言われてたし。確かに似合うだろうけどさ。そこから発展して、話題がね? 関係性じゃなくてだよ? そこから発展して、旅行に一緒に行こうみたいになったらどうすんの? 浴衣がはだけたら大変でしょうが。それで、その……」 「…………でも、あのお客さん、おじいちゃんだよ? もう七十歳の」 「あのお客さんは公平大好きでしょ。公平に会いにうちの店来てる感すごいし」 「うん。亡くなった奥様が」 「ほら! そこ、奥様に似てるって、それって、ほら!」 「昔飼ってたペットのハムスターに似てるんだって」 「え? ハム……」 「うん。ハムスター。でもそれって、俺が太ってるとかなのかな。この前、テレビで偶然みたら、ハムスターって顔まん丸だった。って言うか顔と体の境目がわからないくらいにまん丸で。俺、やっぱり太った?」  ハムスター……には、似てないよ。いや……どうだろう。おにぎりを両手で大事そうに食べる姿は確かにちょっとだけハム……。 「ね、昭葉さん、その……」  夜ご飯の後、食器を洗っている最中だった。店をやってる間は君に洗い物を任せることが多いから、できるだけ店以外の時間では俺が水仕事は担当してる。君は大丈夫って言うけれど、でも、アルコール消毒を頻繁にして、洗い物で洗剤じゃぶじゃぶの水浸しになる仕事はやっぱり君の白く可憐な指には堪えると思うから。 「その、さ、あの……怒ってたって、それって、もしかして、ヤキモチ……」  君がその白い指で俺の服の裾をちょんっと引っ張った。俯いて、ピアスの穴の痕がある耳を真っ赤にして。俺のこの小うるさい小言のような諸々をヤキモチなのかと尋ねてくる。  もちろんそうだよ。  君が好きで、好きで、大好きすぎて、最近、拗らせてる自覚のある俺の、ただの。 「うん。ヤキモチ」 「……ぁ、えっと」  最近、気がついたことがある。 「ヤキモチ、すごい、嬉しい」 「そう? ウザくない?」 「ウ、ウザくなんかないっ、だって……、俺、昭葉さんのこと大好、ん、ンっ」  俺は君が好きで好きで、たまらないんだ。 「あ、昭葉、さんっ、ここ、まだ台所っ」 「うん」 「それに、まだ食器を」 「うん」  それこそ、行き交う人、一人一人に彼は俺のですって言いふらして回りたい、なんて思ってるとても迷惑でとても拗らせ感がすごいくらい。 「あ、ん、やだっ」 「公平」 「お願い、もっと、あの……ちゃんと、触って欲しい、よ」  君のことが好きでたまらないんだ。 「あー、俺、スマホ持ってないんです」  今日も今日とて……。 「あはは。珍しいですよね。ちょっと、まぁ、でも、安いものでもないし。え、あ、違っ、ここではたくさんよくしてもらってるんです。ただ、そのスマホは……」  最近よくうちの店に来るようになった新常連さん。夜も店がやっていると、たまたま奇跡的に早く帰れた日にここを通って知ったらしくて、俺ではなく、公平に嬉しそうにそのことを話してた。  この前のおじいちゃんと違って、若いし。  この前のおじいちゃんと違って、頬を赤くして喋ってるし。  この前のおじいちゃんと違って。 「スマホのショップ店員さんだと、そんなことできるんですか?」  明らかに、公平のことを気に入ってるし。 「あー、あはは、ありがとうございます」  ほら、なんか、職権濫用しようとしてるしっ。  いや、わかってる。そんなのにいちいち目くじら立てるなよって話なのわかってる。知ってる。そもそも、俺は束縛をするようなタイプじゃない、と言うかむしろ、そういうのをしなさすぎて、別れましょうと言われたことが数回あるくらいには、淡白というか、こんなにねちっこくないというか。 「ダメ」 「けど、そんなに高くないって」 「ダメです」 「それに、色々、あの」 「なんでスマホ欲しいの?」 「! そ……れは」  こんなに厳しい教育ママみたいな男じゃないんだ。 「今まで困ったことないだろ? なのに、スマホいる? 外に出かけて、もしも必要なら、これ、俺のを持って行けばいい。俺もスマホなんて必要ないかなってくらいに使わないから」 「……」  いや、こんなこと、余裕で許容できてたのに。君は君、俺は俺、っていうタイプだったのに。 「だから、ダメ」  君に恋をしてから一年、気がついたら、君を独り占めしたくてたまらない、余裕ゼロの男になっていた。

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