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焼いたもち編 3 それでもやっぱり
自分でもバカ野郎だなあ、とは思うんだ。
その自覚はあるんだけど。
「いやいや、そんな難しく考えなくて大丈夫ですよ」
「はぁ」
「もう契約したその日から使えるし、機能も充実していて」
「いえ、そんなに機能は充実してなくても」
「あ、これは俺がこの前替えたばかりのスマホなんですけど、えっとですね、写真とかも」
「ぇ、写真」
今、他のお客は誰もいないし、テーブルはきれいに整えてもらった。三十分はけしからんだけれど、数分、そうだな……うーん、五分くらいであれば立ち話だってしていいと思う。実際、他のお客さんとそうして立ち話をしている公平を見るのは好きだし、ね。
そして接客業という職業柄、あのスマホショップの店員男性のお昼時間が一般的な昼食時間帯とずれているのもわかる。俺と公平だって昼飯はこれからだし、ね。
だけどさ。
「こうして撮ると……ほら、こんなふうに変化つけられたりするんです」
「へ、へぇ……」
「面白いでしょ?」
いえ、面白くありません。ちっとも。これっぽっちも。
「これはアプリなんですけど」
「アプリ……」
「え? アプリとったりしないんですか?」
「いや……えっと」
公平にとってスマホはあの男からの指示が飛んでくるだけのツールだった。ひどいことをさせられるから、スマホそのものが好きじゃなくなっていて、だから俺もスマホをほとんど持たなくなってた。電話なら店にあるし、そう電話して来るやつもいない。用事があるのなら店に顔を出して貰えばいい。
その公平がスマホに興味を持ったのは、つまりあの時の恐怖が薄れて来たって証拠なのかもしれない。それは決して悪いことではないのに。
ああやって、笑いながらお客さんと話せるようになったのだって、すごく良いことなのに。
「公平、悪いけど、奥からみりん取ってきてくれる?」
「あ、はいっ、えっとそしたら、お皿、下げますね」
「あー、はい。ありがとうございます」
すごく良いことで歓迎しないといけないことなのに。
話し込んでしまったと公平が慌てて、食べ終わった皿を下げると流しに置いて、みりんを取りに裏の倉庫へと回った。
「すみません。お店閉めるとこでしたよね」
「……いえ」
スマホショップの店員男性は公平と話せたことが楽しかったのか、少し頬を赤くしながら、口元を緩めながら、おにぎり二つにお味噌汁のセット代金をレジカウンターへと置いた。
「ありがとうございました」
「ご馳走様です。また来ます」
「……」
とっても了見の狭いバカ野郎な俺は、今、接客の仕事をしている人間としては思っちゃいけないことを思ったし。
なんだったら、明日は定休日ですからって言いそびれるくらいに、気持ちがひん曲がってたし。
わかってる。わかってるんだ。
愛……されてるっていう自覚はあるんだ。公平からさ。かなり、すごいなオイって言いたくなるくらいに自意識過剰な奴みたいに思われそうだけど、でも、公平に愛されてる自覚はさ、ある。
それでもやっぱり面白くなくて。
それでもやっぱりヘソが曲がって。
それでもやっぱり――。
「……はぁ、ああもう、俺はなんてバカ野郎なんだ」
暖簾をしまい、店に鍵を閉めて、それから帽子を取ると、その髪をくしゃくしゃにかき乱して、倉庫へと向かう。
あのみりんの缶、めちゃくちゃ重いだろうが。昔、ばーちゃんの手伝いをしてたガキの頃、どうしてこんな面倒な場所に倉庫なんて作ったんだってぼやいてただろうが。しかもまだ詰め替えないといけないほどこっちの減ってないし。それをわざわざ取りに行かせることであのショップ店員からひっぺがそうとするなんて、バカじゃない、大バカ野郎だ。
「……少し、怒ってたかなぁ……おしゃべりしちゃったし」
小さな、しょんぼりとした声が裏の倉庫から聞こえた。
スマホを欲しい理由を言わない。顔を赤くして、何も答えず、俯いてしまう君。公平は大人だ。別に自分のお金でスマホを買うなんていうのは自由にしていいことだし、俺がダメだと言っていいことじゃない。
面白くないのは、嫌だと言ってしまうのは、気持ちがひん曲がるせいなだけ。君は君なんだから、俺が君を自由にしていいわけは一つも決してないのに。
それでもやっぱり気持ちはチクチクとトゲを出す。出すけれど。
「お、重い……と、おっとっとっと」
「ごめん」
出すけれど、君の笑った顔が見たいんだ。
「照葉さんっ」
「これ、重いんだ」
「あ……」
こんな心の狭い、へそ曲がりのへの字口の、やきもち焼きの小さな男だけれど。
いやだよ? もうそりゃ、ぶっちゃけてしまえば、ものすごくいやだ。そんな急にスマホ欲しがるけど、誰と連絡取るの? 理由をいえないくらいに俺には秘密にしたい、けれど連絡を取りたい相手でもいるわけ? それがあのショップ店員だったりする? 爽やかそうだし、顔もかっこいいしね。スーツがよく似合ってるしね。
なんて、本当に、本当にせっまい心でかっこ悪い奴なんだ。もう全部ぶっちゃけてしまえば嫌われるかもしれないけれど。
君には自由でいてほしい。君は誰かに勝手をされることなく、好きなことを好きなようにして欲しい。
君のことがとても好きだから。
「明日、行こうか」
「ぇ? 照葉さん?」
「明日、店、休みだから」
「……」
「………………駅前の、大きなスマホショップ」
それでもやっぱり、笑っちゃうほどちっさな俺はすぐ近くにあるスマホショップじゃなくて、わざわざ少し歩くところにある、しかも駅反対口の大きな店へ行こうと、君を誘った。
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