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焼いたもち編 4 君の怖いものが

 スマホとかさあんなに誰しも持ってるものなのに、いざ、新規購入だ、機種変更だってするとものすごい時間がかかる。説明受けて、ネット環境とか調べて、プラン選んで、スマホの開通工事をしてもらって、そこから確認してみたり、オプションの説明があったり。  それを全部こなしてようやくスマホが手に入ったのは午後の三時だったけれど。  でも、まぁいいや。  これが、あのうちにほぼ毎日来るあのお客さんの接客だったら、若干、いや、心底、イヤだけれど。早くしてくれって思うけれど。  まぁ、もう、なんでもいいや。  ――ありがとう! 照葉さん!  君がたくさん笑って、嬉しそうにしていたから、いいよ。  君のその笑顔は俺しか見せてもらえない特別なもので、あのお客さんは見ることが叶わないってよくわかる。自惚れでなく、君のその笑顔を見ればもうわかるから。  俺は君にとても愛されているって。  だから、スマホでもなんでも、君の欲しいものはなんでもプレゼントしてあげるさって思った。たとえ、そのスマホが欲しい理由を君が俺にどうしても教えてくれないとしても。  それでもいいよって……思ったんだ。  愛しい君が欲しいものはなんでも。 「わ、今じゃん」  なんでもあげるさって。 「え、えっと、えっと……カメラ……カメラっと」  でも謎だった。  あんなに欲しがっていた。いつもの俺がキッパリ「ダメです」と言っても欲しがっていたスマホだったのに。あのお客さんにスマホのことを話されると興味津々で聞いてたくらいに欲しかったはずのスマホだったのに。君は手に入れたらあとはポケットに突っ込んだままにしてたから。  うちに帰るまで待ちきれず、俺の電話番号を真っ先に登録した君。たった一件だけしかない電話帳に微笑んで、白い頬をピンク色に染めて、けれど、それ以降電話はいじりもしなかったから、なんでだろうって思った。他の電話番号は? ほら、あんなに楽しそうに色々聞いてたのに、何もしないの? そう思って不思議だった。  うちに帰ってからはもういつも通り。スマホをいじりもしないで、夕飯食べて、風呂入って、抱き合って、そのまま眠った。  早朝、ふと目を覚ましたのは一緒に眠る君が一瞬布団からいなくなったから。  そして戻ってきた君は眠りに再びつくわけでもなく、布団の中で何かモゾモゾと動いてた。何かなって、思ったんだ。 「これで……こうして…………わわっ、ちょっ」  スマホのカメラってさ、シャッター音、大きいよね。  君がその音に慌ててるのが、声だけでもわかる。 「えっと……」 「スマホのさ……」 「わっ! ぇ、照葉さん?」 「シャッター音が大きいのって」  狸寝入りをやめて目を開けると、スマホを握って寝転がっていた君が驚いていた。 「盗撮防止のためもあるんだろうね」 「えっ」 「おはよ」  真っ赤になってた。 「お……はよ」  愛されてる自覚は、あるんだ。君が俺に向けてくれる笑顔は特別だって、思う。  スマホが欲しいと急に言い出した。何かと思った。きっかけは最近常連さんになった若いスマホショップの店員男性。接客業だから昼飯の時間が一般的な時間からずれていて、毎日、昼の営業時間が終わるギリギリの頃に駆け込んでくる。食べるのはおにぎりと唐揚げ、それからミニサラダのセットに味噌汁を追加。閉店ギリギリの時間帯だから他に客もいなくて、狭い店内のフロアには公平が一人いるだけ。そしていつからか話をするようになって、そして、スマホが欲しいと言うからさ。  なんで欲しいの? って思うでしょ?  誰と連絡を取りたいの? って、思うだろ? 「あ、の……照葉さん」  君は教えてくれなかった。真っ赤になって俯いて、どう答えて、どう誤魔化そうかと、視線を下へ向けて考えあぐねる。  俺の寝顔が撮りたかったから、だなんてさ。 「いつも、さ……こっそり照葉さんの寝顔見て、綺麗でかっこいいなぁって見惚れてて、いつまででも見てたくて」  君はスマホを怖がってた。そこから繋がった先には怖い物しかなくて、痛いことと辛いことがその見えない回線の先で君を待っていたから。 「スマホなら、あのアプリとかで色々編集もできるんだって。その勝手にスマホが顔認証とかでまとめてアルバムにもしてくれるって教わって」  君がスマホを怖がるところを一度だけ見たことがある。着信を知らせる振動音、それはまるで手の中で暴れる虫の羽音みたいで、君はひどく怖がっていた。  その君が欲しいって、言った。 「だから、俺」  そんな君が、スマホを手にして、とても嬉しそうに笑ってた。 「公平」  君の怖いものが、君の嬉しくなれるものに変わる。 「好きだよ」  愛されてるって、自覚はあるんだ。公平にとても愛されてるってさ。 「? 照葉さん?」 「言いたかっただけ」 「……俺も、好きだよ? 大好き」  そして君が嬉しそうに握りしめていたスマホを手から離した。その画面には何枚も何枚も特に代わり映えのしない俺が、愛されてるのにそれでもヤキモチをやいてしまうバカな俺の寝顔が、アプリで編集されて、動画のようにロマンチックに並べられていた。

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