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初めてのわがまま編 1 くっつき草

 二回目の年越しがやってくる。  去年の君は年越し蕎麦って食べるのは初めてだって笑って、「あ、違った、大昔、透と二人でカップラーメンで年越ししたことがあった」って、思い出して笑って、甘めのつゆに「美味しい……」と小さく呟くと、湯気に  目を細めたっけ。 「はぁ、やっぱりびっくりくらいに高くなるね」 「あ、お帰りなさい、照葉さん」  八百屋に行ったらさ、あそこだよ いっつも野菜を破格で売ってくれてる八百屋、ここからだと少し遠くて、徒歩で十五分もかかるとこに行ったけれど、それでもさ、そこまでもしても。 「三つ葉も春菊も二倍の値段だった」 「うわぁ、高いねぇ」 「今でこれじゃ、大晦日とかお正月ってどうなるんだ」 「あと五日で大晦日だから……」 「え? 日に日に倍になってく、とか?」  そんな恐ろしい予想に公平が楽しそうに笑った。あそこなら少しは安いかなぁって思ったんだけど、でも近所のスーパーに行くよりかは安いから、買いましたけども。けれどもさ。 「っていうかそんなに笑う? 重要な我が家のエンゲル係数問題に」 「だって、どこ通って帰ってきたのかなぁって思って」 「?」 「いっぱい、ズボンにくっついてる」 「え? あっ! なんだこれっ」  公平の白く綺麗な指先が指し示す先を目で追うと、自分のズボンの足元にビッシリと種がくっついていた。 「ね? ほら、どこ歩いてたんだろうって」 「いや、これは、ああ あの時、かな?」  公園で子ども達がボール遊びしてたのか、ボールが木の枝にうまいこと引っかかっちゃって。どうにも取れないらしくて、枝を片手にぴょーんぴょーんって飛んでたんだ。 「そのボールを取ってあげた時についたのかも。草むらの中だったから。えー、すごいことになってるな。これで俺帰ってきたのか。恥ずかしい」 「すごいね。たくさん」 「いいよ。トゲトゲしてるから、公平」 「んーん、大丈夫」  君が俺の足元にしゃがんで、一つ一つ、その種を取ってくれる。俺は立ってるのもなんだかなって、店の椅子に座って俺も、自分の足のくっついた種だけど、それ取ってくれる君のお手伝いをして。 「こういうの、昔はよくくっつけてたっけ。これつけるとさ、母さんがめちゃくちゃ怒るんだよ」 「照葉さんのお母さんが? そうなの?」 「そ。洗うのに面倒でしょうがー! って、自分で取りなって。外に遊びに行きたいのにーってさ、ブスったれてたっけ」 「でもこれつけてたってことは外で遊んできたんじゃないの?」  学校帰り、フラフラブラブラ、途中にある公園やら垣根やら、あらゆるものを遊具代わりにして帰る帰り道。で、そこからランドセルを置いて、今度は本格的に公園へと繰り出す。 「それはそれ、これはこれ」  帰り道と遊びの時間はね、また別でしょ? 「やんちゃだったんだね。照葉さん」 「どうだろうね。あと、他に虫みたいなの知らない?」 「あ、知ってる! 緑の、じゃない?」 「そうそう、トゲトゲしててさ、一瞬びっくりする。俺よく友達にこっそりつけてたっけ」 「あはは、悪いんだ」 「そうそう、俺は悪い奴なのだ」  ニヤリと笑ったのに君はふわりと笑ってる。笑って、けれど、ふっとその笑顔に影が差した。  そういう時の君は大体、少し昔のことを思い出してる。悲しくて、辛くて、食べることも寝ることも、生きることのために必要なこと全部に嫌気がさしていた頃の。 「俺にも、そんな時があったっけ……」 「公平」 「その時はさ、普通に友だちとかと遊んで、公園行って走り回って」  幼い頃の君。けれど、その後、もう少し大人になった君には。 「想像もしなかった」  悲しい顔をした。きっと君が今思い出したのは――。 「そりゃ、想像もしてなかったでしょう」 「照葉さん?」 「いい歳した大人のくせに、このくっつき草を足にビッシリつけちゃうような奴にその後、こんなに好かれるなんて」  いっつも笑ってなくたっていい。いっつもニコニコなんてしてなくていい。たまには怒っていいし、たまには悲しんでいいし、たまには泣いたっていい。その合間合間に笑顔と楽しい気持ちがちゃんとあればさ。 「だろ?」  尋ねると、君は少し目を丸くして、でも次の瞬間、綺麗な目元をくしゃっとさせて笑ってくれた。 「そだね。っていうか、照葉さんはこれ、くっつき草っていうんだ」 「そ、これはくっつき草、で、さっき言ってた虫みたいなのがくっつき虫。単純明快なネーミングセンスでしょ?」 「うん。俺はね、トゲトゲ草と、アメーバ」 「へぇ、全然違う」 「ホント。でもこれ、本当はなんて言う植物なんだろうね」  違うものだねって笑ってた。笑って、また忙しなくビッシリくっついたくっつき草でトゲトゲ草でもあるそれを取ってくれる。 「それにしてもすごい。両足……」 「何してんだろうね。俺は」 「照葉さんらしいじゃん」  種を取るのすら楽しそうにしてくれる君の笑顔が可愛くて。 「……」  愛しくて、思わず、キスをしてしまった。 「……照葉さん……」  そのキスに君は頬を赤くしながら、そっと、俺へ触れるだけのキスを優しく返してくれた。 「あ、ね、照葉さん、センダングサとオナモミっていうんだって」 「へえ」 「初めて知った」  布団の中、まだ不慣れ、というか俺の写真を撮るかウチの両親からの電話くらいしか使っていないスマホを珍しくいじっていた公平が教えてくれた。  調べてたのか。  何をしてるのかと思った。 「でも珍しいね。この季節になんて。秋の植物なのにね」 「そうかもね。ほら、公平、肩出てる」  もう十二月も終わり。 「はーい……あったかい、照葉さん」  君と共に過ごす二回目の正月がほらもうすぐやってくる。

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