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初めてのわがまま編 2 年賀状は余裕を持った投函を
年末のこれ、子どもの頃はワクワクしながら書いてたっけ。大人になってからはちょっと渋々だったけれど、でも、またワクワクするようになった。
「え……俺も、書くの? ここに?」
「? そうだよ。年賀状なんだから。なんで?」
「だ、だって」
だっても何もないでしょ? だって、一緒に住んでるんだからさ。
「ここだよ? ここに書くんだよ? 俺の名前」
「うん」
「ここ、ここってさ」
「家族なんだから」
そう言ったら、君が色白な頬をピンク色にした。それがまたとても愛おしくてさ。それならばと。
「大事な人なんだから」
わざと付け加えてみたりして。
「っ」
その言葉に君がキュッて唇を噛み締めて、耳まで真っ赤にしてくれる。まだまだ慣れない、らしい。ふわふわ甘やかされることにも、当たり前のように温かい場所で過ごすのも。まだ少し、不慣れだ。
「でも、俺、字下手だよ」
「そ? 綺麗で繊細な文字だと思うよ」
君が少し緊張してる。何度もペンを持ち変えては、きゅっと握って、一文字書くごとに、またペンを持ち替えて。
「照葉さんは文字、綺麗だよね」
「俺?」
「うん。教養あるんだなってわかる。強くて、頭良くて、優しくて、さ。ほら、困ってる人にスッと手を差し伸べられるでしょ? そういうとこ、なんか……もうすごい」
自分もそうやって助けられたと、ヒーローみたいに思えると、君がポツリポツリと自分の字を綴りながら話してる。ナチュラルに人へ手を差し伸べられる。笑顔で当たり前のようにみんなを助けてくれる、と。
褒めすぎじゃないでしょうか。
ちょっとどころじゃなく、かなり褒めすぎだと思う。
そんなすごい人間じゃないよ。そんなかっこよくないし、そんなに出来た人間でもない。その証拠にさ。
「字に人となりが表れるならさ……すけべそうってわかっちゃわない?」
「え?」
昨日、君を何度も何度も、足りないからと抱いてたでしょ? できた人間は君がふにゃふにゃになるまで抱いたりしないと思うよ。
可愛い君の声がたくさん聴きたくて、たまらなかったんだ。
ごめんね。少しだけ昨日は激しくしすぎた感はあるんです。
「キスマーク、見えております」
「!」
「夢中になりすぎて、結構首にも付けちゃった」
今日が定休日だからって、少しね。激しくしちゃったよね。翌日である今日は、郵便屋さんには申し訳ないけれど、元旦に届けられる期日ギリギリの投函になってしまうのだけれど、一日で年賀状を全員分二人で一生懸命に書いてないとって言っておきながら、朝ちゃんと起きることができないくらいには激しくしてしまった。
「っ、こ、これは、いいの」
君は見覚えがあるんだろう。朝確認したのかもしれない。鏡も見ずにそのキスマークの残る首元を掌で覆って、俯いて、ポツリと呟いた。
自分がして欲しいってお願いしたんだもの――なんて、小さな声で呟いて、そしてペンを握る手、年賀状の角の尖った部分にその指に押し付けてる。チクリとする小さな小さな痛みを弄ぶみたいに。キスマークがつく時の小さな痛みでも思い出してるように。
「いいの? あんまりそんなことを可愛い顔で、可愛く言われると、また襲っちゃいそうになるのですが」
ほら、やっぱりできた人間なんかではない。
「え……照……っン」
一生懸命に丁寧に文字を綴る君の邪魔をして、キスをしてるだろ? 一日でこの量の年賀状を出さないといけないっていうのに、その手を止めて、最優先にしたのが君へのキス、なんだから。
「……も……照葉、さん、字、下手になるってば」
「うん。けど、綺麗な字だってば」
しかもそれ、永井に出すやつじゃん。いいよ。もうそれこそ適当で。
「綺麗です。字も公平も」
だから、ね? なんて、自分勝手に君を困らせて、優しくて甘い甘いキスをする。昨日何度も俺を甘い声で読んでくれた唇に唇を重ねて、欲しいってねだってくれる柔らかい舌を絡めとると、濡れた音がお茶の間に響いてた。
「ほらほら、照葉さんってば」
「うん」
「早くしないと郵便屋さんがポストの中身とりに来ちゃう」
「うん」
結局ギッリギリになってしまった。少しね、休憩が長すぎまして。なんて。今はマフラーで隠してるその首筋にもう一つキスマークをつけることに夢中になってしまいまして、なんて。
少し慌ててる君が小走りで駅前へと急ぐ。そこにあるポストへ、ようやく書き終えたばかりの年賀状を投函するべく。
今年の冬はあったかいって思ったけれど、お正月が近くなって、グッと冷え込んできた。
「ね、照葉さん、この輪ゴムはつけたままで入れるんだっけ」
「そうだよ」
去年は少し驚いてたっけ。え? なんで輪ゴムで括って出すの? って。知らなかった君はそのちょっとした親切に目を丸くしてた。
「みんなのところに届きますように……」
まるで祈るようにポストに手を合わせ、小さくそう呟く君を隣で堪能してた。去年もそう言ってたなぁって。
「さ、じゃあ帰ろうか。寒いし。帰りに何か買ってく? スーパーに」
「あ、待って照葉さん」
「公平?」
さぁうちへ、って帰ろうとした時だった。祈り終わった君が顔を上げた。
駅へと向かう階段。そこで女性が片手にメモを持ちながら、大きなスーツケースを手に階段を登ろうとしていた。かなり重そうで、少し女性には難しそうだった。抱えて階段をあがっていくのは大変そうで、危ないかもと思ったその瞬間だった。
「公平!」
公平がふらりとその女性の方へ歩いていこうとした時、彼女がスーツケースの重さにバランスを取られて。
「こうへっ! …………っ」
ぐらりと揺れた。足元が滑ったようだった。スーツケースの足元についてる小さなタイヤが階段を踏み外したようだった。持ち主の女性が小さく悲鳴をあげたのが聞こえた。
「照葉さん!」
それと、公平が俺のことをすごく慌てた様子で呼ぶのが聞こえた。
その次の瞬間には、ひどい手首の痛みと、それから。
「バカ! 公平! 君が落ちたらどうするんだ!」
そう大きな声で怒る自分の声が、した。
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