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初めてのわがまま編 5 ヒーローの皮を被った
君の今までの年越しはどんなだったんだろう。どんな気持ちで正月を迎えていたんだろう。
「なんか……こういうのいいね……」
さっき、正月飾りを玄関に飾る時、一日に何度もお客さんを出迎えて、何度もお客さんを見送った戸を見上げてそう君が呟いてたのを眺めがら、そう思ったんだ。
君の今までは……って。
「あ、公平、蒲鉾入れる?」
「入れる! 俺、それ好きだよ」
今年は俺のこの手首の怪我により公平が蕎麦を用意してくれることになった。とはいえ、俺は風邪引いてるわけでもないし、動かしたら悶絶してしまうような怪我をしてるわけでもない。そうたいそうなものでもないからと一緒にキッチンに立って、俺が手伝いをしてた。
「そ? それはよかった」
紅白の蒲鉾を一切れずつ、明日からのおせちが詰まった重箱から頂戴した。
「ほうれん草、照葉さんは怪我してるからたくさん食べて」
「はーい」
ありがとうって笑って返事をした。
「天ぷらは、今日、いただいたのを……」
まるで子どもみたいなんだ。お正月に少しはしゃいでる君の様子が。いつもと違う食卓に、ソワソワしている君の横顔が。
俺も子どもみたい、かもしれない。
「な、なんで、キスっ」
「んー、したかったから」
そんな君にキスをして、あははと笑ってるあたりがなんだか子どもみたいだろ?
「ばーちゃんにも少しだけ蒲鉾と天ぷらね」
仏壇にお供えをして、二人で手を合わせた。天ぷらは、ほら、ばーちゃんが仲良くしていた揚げ物屋さんからのお裾分けだよって心の中で言いながら。
あそこのうちももう代替わりをしていて、娘さんがお婿さんとその跡を継いでいるから、少しヤング? 向けの天ぷらがあるんだよ。チーズとかね。アイスもあって、この前、公平が興味津々だったっけ。
「よし、それじゃあ食べよう」
「あ、うん、いただきます」
「いただきます」
静かで、穏やかで、少し夜になって冷え込んでくると木造の古いこの家はちょっと寒さが、くるんだけど。
だからホッカホカの年越し蕎麦を食べて、年末らしさのあるテレビ番組を見て、去年もこうしてカウントダウンをしたんだ。
「あ、照葉さんっ! 十!」
去年の同じ時間、君は少し感動してた。
「九」
なんか、普通のうちみたい、なんて言ってた。
「八」
その時、俺は、その前の、同じ時間をどんな場所でどんなふうに誰と過ごしていたんだろうと思った。
「七」
それがどこで、誰とでもいいから、構わないから、君が笑顔になっていてくれたらいいなって思った。
「六」
でも多分そうではなかったのかもしれない。少し寂しそうな顔をしたから。
「五」
泣いてやしないだろうかと、もしもここに魔法使いでも現れて、君の二年前でも三年前でも、泣いてる君がどこかにいるのならかっさらって、こっちに連れて帰りたいとか思ったんだ。
「よーん!」
本当だよ?
「三」
けれど、そんなのできるわけがないから。
「二!」
今の君を、とにかく幸せにしようと思った。
「イーチ!」
誰よりも幸せにしたいと心の中で強く思ったんだ。
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます。公平」
「……照葉さん、わっ! わわっ」
その瞬間、いきなり鳴り始めたスマホに君が飛び上がった。去年はスマホを持ってなかったからこんなのなかったっけね。誰だろう、こんなちょうどのタイミングで、なんて。
「わっ! 照葉さんのお母さんだよ!」
なるほど。
「うわぁ、もしもし? あ、明け、まして、おめでとうございます……あっ! そっか、そっちは時差が……はい。元気にしてます。あ、でもっあの……」
あの二人は君のことをとても大事にしてくれてるから。去年は俺のスマホの方にかけてたっけ。それで公平に代われと言われて、そこからの話が長くて長くて。
「でも……ごめんなさい。あの、照葉さん怪我をしちゃって……俺のせいなんです。俺を庇おうとして……」
少し俯いて話す声は悲しそうだった。
いつも両親と話すときはとても楽しそうなのに、今日は悲しそう。
「でもっ……そんな…………はい。あの……はい。それじゃ、あの、また、はい! ぜひ!」
でもその声が変わった。
「はい。おやすみなさい」
すごいなと、思ったんだ。うちの親はどんな魔法使いなのだろうと。
「あ、あの、照葉さん」
「んー?」
あんなに、お客さんに訊かれる度に申し訳なさそうに、本当に悲しそうにこの怪我のことを話してた君の声が変わった。何をどう言ったら、君のその表情を変えられるんだろう。
「あの、ありがとう」
「……」
「庇ってくれて」
きっと、こう言ったんだ。
「……どういたしまして」
――捻ったくらいなんてことないわよ。
君は、「でもっ」って反論するだろ? そしたらこう言ったんじゃないかな。
――好きな子を守れたんだって、本人ニヤニヤしてるわよ。だからいいの。ごめんなさいじゃなくてね。
「あの、守ってくれて、ありがとう」
そう言えばいいと言ったんじゃないかな。
そうだよ。本当にそうなんだ。ニヤニヤしてしまうんだ。あの時の俺はきっとかっこ良かったに違いない。好きな子を庇おうと駆け寄り、受け止めてしまうなんて、ヒーローみたいで惚れてしまうだろ? なんてさ。胸を張りたくなるくらいのことなんだ。
「全然、当たり前のことだよ」
「ううん、当たり前なんかじゃ」
ね? ほら、今の俺のだって、どこか強そうに見せつけてみたりしてるだろ? けれど、実は下心もあったりして。
「けど……実は少し困ってて」
「ぇ! 何っ、あの俺、何か手伝えるのならっ」
「うん。公平にしか頼めないかもしれない」
「!」
実は、ヒーローのふりをした悪代官だったりもする、の、かもしれない。
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