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初めてのわがまま編 6 わがまま悪代官
ほら、よくテレビで見かけなかった? 子どもの頃さ。あるかな。俺は夕方までばーちゃん家、つまりはここでテレビ見てたりしてたから、見たことあるんだ。
――お前も悪よのお。
みたいなことを言う悪代官がさ、町娘を見かけて、ニヤリとほくそ笑んで悪巧みをするシーン。
手首が痛いからと、お医者さんに温めるのはダメって言われてるからと、君とお風呂に入ろうかな、なんて思ったわけなんだ。身体を洗ってもらったりしようかなぁなんて。
それをついに実行できたのが年も暮れの暮れ、大晦日の今日だった。
「ご、ごめんね! 全然気がつかなくて」
な、はずなんだけど。
「先に頭でいいんだよね?」
君は慎ましいところがあるのを忘れてた。すごーく真面目なところがあるのを、すっかり忘れてた。いや、忘れてたってわけじゃなくて、いつも一生懸命だし真面目なんだけど、こういう時でもしっかり真面目だってこと、俺みたいに実はふざけたことと、デレデレと君のことばかりを考えている奴とは違ってるんだ、っていうことを忘れてたんだ。
「あの、照葉さん?」
まさか、お風呂に入るのを手伝うのに、服を着たままなんてさ。
「へ? あ、うん。頭が先です」
「目、瞑っててね?」
「はーい」
ズボンも履いてるし。
折って、膝のところまで捲り上げた格好の君が俺の背後に立ち、髪を濡らしてくれる。
「……ごめんね。俺、気がつかなくて」
自分とは違う、丁寧で柔らかい指先に気持ちがほぐされてく感じ。
「お医者さんに言われてたよね。捻ったとこ温めないようにって」
これは悪代官も改心してしまうかもしれない。
「そうなんだ。だから、怪我した日さ風呂入るのにあっためすぎたらしくて、手首がズキズキして」
「ご、ごめんっ」
「それで、あぁこれは困ったって思ったんだよ。普段はそうでもないけど、あっためるとね、痛くて」
「ほ、本当にっ」
「なぁんて」
こちらこそごめんなさいって思ってしまう。
「平気だよ」
「……」
「ちっとも痛くない」
いや、本当はちょっとだけ痛いけどね。別に風呂に入っているからと悪化なんてしてないよ。
うちの母親も言ってたじゃん。君に良い格好がしたかっただけなんだ。好きな子の前でヒーローみたいにさ、カッコつけたかっただけなんだよ。
「ただ公平にご奉仕して欲しいなぁなんて、すけべ心で思っただけです」
「ごほっ……ぅ……し」
「! ご、ごめん。あれだから! あのっ、前の馬鹿野郎男みたいなことじゃなくて、だから、えっと」
言ってみて、その単語を慌てて掻き消すように振り返った。
「…………」
君に嫌なことばかりを強いていたあの馬鹿野郎男とは違うんだ。そうじゃないんだ。あぁ、ごめん。でも、きっと君は強制的にそんなことをさせられていたことだってあるだろうに。バカな俺はなんでその単語を使ってしまうんだ。
「っぷ、あははは。照葉さん、鼻のてっぺんに泡ついちゃった」
「!」
「泡、流すね」
柔らかく微笑んで、君がゆっくりと髪を指ですきながら、泡をお湯で流してくれる。優しく、丁寧に、濡れてしっとりとした髪の感触を気に入っているみたいに、弄るように。
「…………そんなふうに照葉さんのこと思ったこと、一回もないよ」
「公平」
「あの頃は悲しいとか怖いとか、辛い、ばっかだった」
知っている。今はもう肌に痛々しい痣なんて一つもないけれど、君の肌に残っていた、染み付いていた、長く居座った痣の色を覚えてる。こんな色になることがあるのかと、すごく驚いて、そのあと、すごく悲しい気持ちになったのを、よく覚えてる。
今、そんな君に残っている傷跡はピアスの穴、くらいかな。
「でも、今はね……あ、背中、洗うね」
シュコシュコって音をさせてポンプから君が三滴、ボディーソープをスポンジに垂らして両手で泡を立たせる。へえ、そうなんだ。俺は、それ面倒だから、そのまま適当に肌を擦り続けて泡立つのを待ってる感じかな。
「でも、今は毎日楽しい」
「……」
「嘘みたい」
おかしいな。使ってるスポンジも使ってるボディーソープも変わらないはずなのに。
なんだか優しい洗い心地に、なんだかとても良い香り。
「でも……最近、ちょっと大丈夫かなって」
「? 公平?」
「俺、幸せすぎない?」
毎日入ってる風呂なのに、なんだかとても良い気持ち。
「驚くくらい幸せだし。それにさ、なんかわがままって言うか」
幸せなんだと思ってくれてることが俺の幸せなんだって、君は知らない。
「わがままなら、俺の方でしょ?」
「わっ、あ、あのっ」
「手首痛ーい、なんて言い出して君に構ってもらおうとしてたんだから」
最近、君はとても忙しそうなんだ。あっちからもこっちからも「おーい」ってさ、声をかけられちゃうもんだから。優しくて真面目な君はその一つ一つに「はい」って丁寧に返事をするから。お豆腐屋さんに行っちゃうし、店も本当に一生懸命にやってくれるし。天国からきっと、ばーちゃんが感動してると思うよ。こんないい子がって。
「ね? ほら、わがままだ」
「……」
「もうビッショビショ。これ、服脱がないといけなくなった」
俺は、悪代官だからさ。お前も悪よのお、だからさ。
「照葉さんは、わがままなんかじゃ……ないよ……」
君の服をわざと濡らして脱がしてしまうんだ。だって、悪代官だもの。好きな子に構ってもらいたくて、あの手この手で陥落を狙う、わがまま代官、なんだからさ。
「……ン……照葉、さんっ」
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