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初めてのわがまま編 8 今年も、これからずっと、宜しくお願いします。
君はとても良い子だ。悲しいことが、辛いことがあったのだからもっとわがままになっていいと俺が勝手に思ってしまうほどにいい子で、そんな君がようやく言ってくれたわがままだった。
けれど。
自分にだけ優しくして欲しい、なんてさ。
それってわがまま? どちらかというと、可愛いおねだり、でしかないんだけど。
「明けまして、おめでとうございます。照葉さん」
「おめでとうございます」
「裸で布団の中で新年の挨拶なんて、グータラすぎるね」
そう?
君はクスクス笑いながら、裸の肩を小さく窄めて、俺の懐の中に潜り込む。鼻先を掠める自分と同じシャンプーの香りごと君のことを抱き締めると、あったかくて、さらりとした肌の質感が心地良くて、新年の挨拶をしたばかりなのに、俺はまた目を閉じていた。
「いつひどくしちゃったんだろうね」
「んー……」
身に覚えがないんだ。朝、改めて起きた時、手をついたら、「えっ!」ってびっくりしてしまうくらいに捻った手首の痛みがぶり返してた。
「ごめんなさい。あの、俺が昨日……」
「公平が謝ることなんて何もないよ」
思い当たることなら山ほどありすぎてどれなのかわからない。君を抱き締めようと力を込めた時なのか、君の細い腰を鷲掴みにしていた時なのか、それとも他の。
どちらにしても手首の捻挫を甘くみていて、その後も結構気にせず過ごしてて、尚且つ、この怪我を悪用して好きな子にかまってもらおうとしていたくらいだから、どちらかというと心配する必要なんてなくて。むしろ自業自得っていうやつ、だったり。
「ほら、公平、次は俺たちの番だ」
「は、はいっ」
今年も変わらない新年の参拝行列。朝少しだけ寝坊したおかげで、その行列のピークに来てしまったのかもと思うくらいの長蛇の列だった。しかも極寒。けれど、どれだけ寒いのかはもうわかってるから、みんな雪だるまみたいに着込んでいる。もちろん俺も、公平も。まん丸もこもこだ。
階段三段、お賽銭は五円。それから手を合わせ……。
「……」
「……痛いかな、って思って」
手を合わせるの少し痛いなって思ったら、そっと君が手を重ねてくれた。俺の左手と君の右手が合わさって、君は寒いからなのか鼻先もほっぺたも真っ赤にさせてた。
そしてはにかみながら微笑んで、目を静かに閉じた。
どんなことを思っていたのだろう。
お願い事をした?
それともただ目を閉じ静かに新年の挨拶をした? 俺は――。
「お願い事いっぱいしましたよ。照葉さんの怪我が早く治りますように。照葉さんが風邪を引いたりしませんように。それから、照葉さんが毎日元気でいられますように。あ、あとっお店が大人気でいますように……それから……ずっと照葉さんと一緒に」
俺の新年の挨拶は、君とずっと一緒にこうしていられますように。
「なんだ、照葉のことばっかじゃん」
「! 永井さん!」
参拝の後、ほらどうぞ、寒かったでしょう? と、差し出される甘酒のサービスを境内の端っこで他愛のないことを話しながらいただいていた時だった。寒さにいつも以上に色濃く立ち込める湯気に癒されながら、この時くらいしか口にすることがあまりない甘酒を一口飲んだ時。
「よ。あけおめぇ、って、どーしたん? その手首」
新年だろうと変わるのことのない適当な挨拶をした永井が、ちゃんと挨拶してとお嫁さんに脇腹を小突かれた。そして、俺の手首を見て目を丸くした。
人のことを思い切り指差すなよ。ほら、お嫁さんにまた小突かれてる。
いいんだよ。別に、こんなの子どもの頃はよくしてた怪我なんだから。
ただ駅の階段で重たそうなスーツケースを持って上がろうとしていた女性の手伝いをしようとしただけ。別に大したことじゃないし、公平が悪いわけでもない。だからそんなに気に病まなくていいんだよ、公平。
「なぁんだ、お前、また惚れた奴の前だからってカッコつけやがって。気にしなくていいんだぜ? こいつはそーんな優等生でもなんでもないから。どーせ、公平の前でいい顔したいとかなだけだから、あははは」
まぁ、そう外れてもないけども。
だって好きな子には良く思われたいだろ?
「公平がスマホを買うだ買わないだの時だって、あーでもないこーでもないってうるさかったんだ」
「永井! お前なぁ」
「あはは。だから、そんな公平が気にすることないって。ただのカッコつけだから。そんじゃーなー、今年も宜しくー」
呑気に笑いながら、そして寒そうに肩を竦めながら、それじゃあと振った手を急いでもっこもこなダウンのポケットにしまうと、お嫁さんと一緒に神社を後にした。途中、なんでかまた脇腹を小突かれながら。
「ったく、あいつは」
けれど余計なこと、ではなかった。あいつが言ってくれたのはまぁだいたい合ってることばかりで。
「俺が、スマホを買う時、永井さんに話したの?」
「まぁね。ほら、帰ろう。寒いから」
あーだこーだ言ってたんだ。君の知らないところで俺は結構カッコ悪いことをたくさんしてるんだよ。そもそもかっこいい奴じゃないからさ。
「うー、寒い。帰ったら雑煮食べよう」
「……」
「それからおせちと。腹減ってる? 公平」
「……見たい!」
「へ? 公平」
「俺、照葉さんのカッコ悪いとこ見たい!」
新年最初の君のわがまま。
「えー……」
「見たい!」
「いやです」
「なっ! なんで! わがまましてもいいって」
「いーやーでーす」
それもやっぱり可愛くて。
「見たい! いっつもカッコ良すぎるから!」
「全然です」
「見たい!」
「ダーメーでーす」
けれど立派なわがままで、まだまだ続く参拝行列の横を通し過ぎながら、足取りも軽く、笑ってしまうほど、愛しいものだった。
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