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三回目のお正月編 2 縁結び
宿まではゆっくりのんびり行こうと決めた。
うちの最寄り駅から路線がいくつもある大きな駅まで電車で一時間かからないくらい、そこから今度は乗り換えて特急の電車に乗って二時間、君はずっと楽しそうに笑ってくれた。
泊まる宿は君がテレビをみながら、すごいなぁって呟いていた温泉宿。少し値段が張るけれど、そこはポイントとかを使って上手に割引してさ。
二人でサイトを眺めて、楽しそうって、まだ泊まる部屋がどの部屋なのかなんてわかっていないのに、この部屋だったらすごい景色だね、とか言い合って、はしゃいでた。
君は旅行の話をする度に嬉しそうな顔をしてくれていた。
もちろん出発当日の朝も店の扉に年始のご挨拶状を貼り付けている時でさえ、嬉しそうにしていた。
「座席は……えっと、十七、十、あっここだ」
今は、大きな駅から今度は特急列車に乗り換えたところ。ここからはそれこそ旅行っぽくなってくる。乗り慣れない向かい合わせの席にさえワクワクしてくるんだ。
「ね、照葉さん、カバンの中、お菓子ばっかりだよ」
「これでもしも温泉の途中で遭難してもしばらく大丈夫?」
「大丈夫じゃないし、遭難したら。照葉さんのおにぎりが大好きな常連さんたちが困っちゃうよ」
「あははは」
君は本当にお菓子ばっかり入ってると言って、笑ってる。だって、一泊二日、夜は浴衣だし、タオルだって向こうにある。持ってこないといけないとしたら明日の洋服くらい。あとはどうにだってなる。だから鞄の中のほとんどが昨日買ってきたお菓子ばかり。
「俺が遭難したら、公平は困る?」
「え?」
他愛のない質問だ。困るって言ってもらいたいなぁなんて思って訊いただけ。子どもっぽいって自分で苦笑いをしてしまうけど。でも――。
「困らないよ」
「えぇ? 困らないの?」
でも、君の返事は予想通りのものじゃなかった。
「うん。だって、俺。照葉さんと一緒にいるから」
「……」
「照葉さんが遭難するなら、俺も一緒に遭難してるだろうし」
希望したものとは全く違っていた。
「約束したじゃん。病める時も健やかな時もって、だから離れない」
でも、君はそんな子どものようなことを思う俺の欲しかった答え以上のものをくれる。
「離れないから困らないよ。それに」
欲しかった以上のその言葉が嬉しくて、くすぐったくてさ。
「それに、人気者の照葉さんを独り占めできるって、逆に嬉しいかもしれない。お菓子しか持ってないけど」
なんだか胸のところが温かくて、くすぐったくて、食べようと鞄の中から二個取り出した、昨日買った大好きなチョコレートケーキが手の中で溶けてしまうかと思った。
「うわぁ……あ、見て、照葉さん」
「うん」
「足湯ができるって」
さすが観光地だ。駅の改札を出ると結構大きな広場になっていて、タクシーが何台も停まっていた。そしてそのタクシー達が年末年始を温泉でゆっくり過ごそうと思っている人たちを次から次へとどこかへ運んでいく。
ここの特産品を扱う店もあって、ちょっとおにぎりの具の参考になりそうなものはないかなぁなんて二人で話していたら、その隣に足湯ができるように場所が設けられているのを見つけた。そして、今度はその足湯に公平が目を輝かせてる。
「入ったことない」
「じゃあ、入ってみる?」
「え? いいの?」
もちろん。そう答えると頬を赤くして、コクンと頷いた。
一人立っていたスタッフの人に頼むと、代金の百円を手渡し、ズボンの裾を捲り上げる。公平は真っ白な裸足の指先をそっとその足湯に浸した。
「はぁ……」
「気持ちいい?」
「うん」
いつもずっと思ってることがある。
あの日、冷たい雨の中、店先でポツンと雨が止むのを待っていた君のつまらなさそうな、辛そうな横顔が笑顔に、ずっと、今、見せてくれる笑顔に変わったままでいられますように。
「あったまる……」
ずっとこのまま隣で笑っていてくれますように。
そのためならなんでもしたいって……いつもずっと思ってる。君を笑顔にできるのなら、世界中を駆けずり回って、笑わせられるものを集めよう。君が美味しいと笑顔になれるのなら、いくらでもご馳走を作り続けよう。
「はぁ……」
けれど、たまに君のその笑顔が、蝶々結びが解けるように、ふと消えてしまう時がある。ほんの一瞬だけだけれど。
「あったかいね、照葉さん」
そんな時、君は何を思ってるんだろう。
「あぁ、すごくあったかい」
ほら、今も。
こんな時、君は何を思って、遠くを見つめているんだろう。その、湯に足を浸しながら、柔らかい溜め息を溢した唇がふわりと笑顔を解いた時、何を思っていたんだろう。
分かればいいのに。
そしたら、いくらでもなんでもするのに――。
「ごめんなさいねぇ」
「あ、いえ、こちらこそ。あ、えっと……ドーゾ」
その時、年配の女性が一人入ってきた。地元の人のようで、慣れた様子で足をそこにつけると、ゆったりと深く深呼吸をした。
「ご旅行?」
「あ、はいっ」
「まぁまぁ、それはそれは素敵ねぇ」
急に話しかけられると、まだ公平は緊張してしまうのか、肩をキュッとすくめて身構えた。その年配の女性はその公平ににっこりと笑いかけて。
「温泉しかないところだけど、とっても湯がいいの」
「そうなんですね。見て回れるようなところはありますか?」
俺がそう尋ねると、女性はしばらく考えながら、足湯の場所に設けられた屋根を見上げた。
「あとは温泉宿がたくさん並んでるところに小さな神社があるくらいかしらねぇ」
「神社が」
「そうなの。そこは恋愛成就だったかしら、縁結びの神様がいるのよ。よくカップルが来るらしいわ」
「へぇ、じゃあ」
縁はもう結んだけれど。
「じゃあ、後で二人で行ってみます」
それをぎゅっと固結びになるように、神様に頼みに行こうかなって、温かい湯に足がじんわりと温まるのを感じながら考えていた。
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