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三回目のお正月編  3 固結び

 宿は川に沿うように並んでいた。俺たちが泊まる宿も川沿いに並んでいて、遠くからでもそこにあるとわかるような大きな看板と、出入り口の植木が他の宿よりも立派で豪勢だった。  温泉宿だからチェックインは一番早い時間。着いたら浴衣に着替えて、お風呂でゆっくり……って思ったんだけど、縁結びのご利益があって、恋愛成就のパワースポットなんて、恋人と来ている旅行なら行かないわけにいかないから。 「へぇ……結構有名なんだって」  スマホのながら歩きは叱られそうだけれど、道が分からなくて、つい。そしたら、案外有名なパワースポットなんだと、サイトに書いてあった。 「ハート型の絵馬に願い事を書くと効き目がアップする……らしいよ? あ、あと」 「?」 「おみくじも良いみたいだ」  水に浮かべるとおみくじの内容が浮き出てくる、少し変わったものらしい。 「ゲームみたい……」 「確かに、宝物の地図とかにありそう。面白そうだ」  そんな話をしているうちにそのパワースポットになっている神社に到着した。うねるようにクネクネと曲がった川に沿って石畳の歩道があって、ちょうど川が狭くなったところに朱色をした橋が渡っている。そこを何人もの人たちが行き来をしている。恋人同士なんだろう手を繋いでいるカップルもいるけれど、ほとんどが男女だった。 「あそこだね」 「あ……ね、照葉さん?」 「そう、ほら」  スマホのサイトにある写真と同じ景色だろ? 「ね、でも」  ほとんどが異性のカップル。あとチラホラ女性同士が楽しそうに歩いている。  男同士っていうのは今のところ見かけていない。  それが少しだけ、公平を戸惑わせてる。 「行こう」  別に、悪いことをしているわけじゃないんだから。  緊張しているのか、公平の頬が赤かった。けれど俺は構わず、公平の頬と同じ朱色をした橋を渡って、神社のある方へと進んでいく。 「先におみくじを引こうか」 「あ、うん」  境内の中は女性の参拝者がたくさんあっちこっちで楽しそうに、真剣に今しているんだろう恋のためにと奮闘していた。  その中、俺たちもおみくじを一つずつ購入して。 「あ、あそこの水かな」 「うん」  さすが恋愛パワースポットなだけあって、おみくじの紙の色もピンク色だ。広げて、水に浮かべる。水はこの寒い真冬で湧き水なんだろう。氷水よりも冷たくて、指先にちょこんと触れるだけでも飛び上がりそうになるほどだった。ちょうど同じタイミングで女性が二人水に紙を浮かべていた。  案外水に浮かべた紙には黒い文字が一瞬で浮き出ていた。 「公平、どうだった」 「あ、えっと、中吉。照葉さんは?」 「俺は大吉」  細かな占い結果も良好、公平は……。 「すごい当たってる」 「え?」 「ほら、待ち人、すぐにそばにって」  ね? ここにいる。案外近くに。チラリと隣の女性二人が、異色の男性二人組の参拝者を気にしているのを感じながら、今度はその濡れたおみくじをそっと、そーっと神木のそばに設けられていたバーのところへ結び付けた。 「あとは、絵馬だ」 「え?」 「絵馬」 「そ、そうじゃなくて、まだ」  そりゃまだいるよ? フル装備にしなくっちゃ。  ハート型の絵馬を購入してそこに願い事を書き込んだ。ぶら下げるところは……。 「すごいな……あそこにぶら下げるの大変そうだ」 「う、ん……」  目の前にはもう満杯を超えて満員御礼状態にハート形の絵馬がぶら下がっている。流石にこれは……と諦めて、近くにある木や柱にぶら下げている人もいるけれど、まだ一番高いところには隙間があったからそこに結びつけようと手を伸ばした。 「きゃ……あーうそ、やだ、マジで」  女性が一人、落ち込んだ声を上げた。満杯すぎるところにどうにか結びつけようと思ったけれど、紐が解けてしまって、その拍子に紐は土の地べたに、そして絵馬もカランと音を立てて石畳のところに落っこちた。 「最悪……」  そう呟いて、その場にしゃがみ込んで、泥が着いてしまった紐を指で摘んで、口をへの字に曲げている。 「あ、あの、どうぞ、紐」 「え?」 「これ、どうぞ」  声をかけたのは公平だった。自分の絵馬に付いている紐を解いて、そのしゃがみ込んでいる彼女へと譲ってあげていた。  彼女は少し驚いて、それから頬を真っ赤にした。綺麗でかっこいい公平に声をかけられたから、っていうのが大きいんだろう。小さく声をあげて、それから差し出された紐を受け取りながら、キュッと唇を結んだ。 「公平」 「あ、はい」  手招くと、素直にこっちに来てくれる。優しい公平は大好きなんだけどね。うーん……心が狭いよね。君はこっちにいてよ、って慌てて手招いちゃったんだ。 「紐なくなっちゃった。言えばもらえるかな」 「いや……いいよ。ここに一緒に括ろう」  神様には「むむむ」ってされるかな。でも紐を譲ってあげた優しい公平に免じて、OKにしてくれるかな。一つの紐で二つの絵馬をぶら下げた。 「……ぁ」  公平が頬を赤くした。緊張からじゃなく、その紐にぶら下がっている絵馬に。  優しい公平に免じて、一つの紐で結んでも願いを叶えてくれるかな。どうかな。でも。 「同じ」 「そうだね」  絵馬は二つでも、願い事は一つだったから、まぁいっかって思ってくれるかな。  いつまでも一緒にいられますように。  たったの一つその願いを二つの絵馬に一つの紐で、少し重たくなってしまうから、ぎゅっとぎゅーっと固結びで。 「ひとつでよかったかもね」 「うん、そうかも……」  そう言って笑う彼には緊張した様子はもうなくなっていた。

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