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三回目のお正月編  4 はしゃぐ君が捕まってた

 全室が川の方を向いていてどこの部屋からも絶景が見下ろせるってテレビでも紹介してたっけ。  俺たちが案内してもらった部屋は景色もよく、水の流れる音が心地良い部屋だった。広さも充分ある部屋がなんと二つ。その部屋に、入った瞬間、公平が窓いっぱいに広がる目の前の森に目を輝かせてた。  夕飯は早めの時間でお願いした。メインディッシュがビーフシチューなんだって。牛肉がとても美味しいらしい。ローカルだけれど地元のブランド牛なのだと教えてくれた。  部屋も素晴らしい。  食事も楽しみ。  でも一番は――。 「わ……かっこいい」  君の浴衣姿が素晴らしい、なんて言ったら君はなんて答えるんだろう。 「そう? ありがとう。不器用だからすぐに着崩れそうだけど」 「ううん。すごいかっこいい照葉さん……」 「こっちで一緒に着替えればいいのに」  わざわざ隣の部屋で着替えなくなって。 「だって……なんか」 「公平のほうがかっこいいよ」 「えー? なんか変じゃない? こういうのちっとも似合わない気がしてるんだけどって自分がどんな服が似合うとかあんまり考えたことないけどさ。それに照葉さんよりずっと不器用だから、それこそすぐに着崩れちゃいそうだし」 「それは嬉しいかも。すぐに襲い掛かれる」 「!」  それから……うん……すごく、色っぽい。 「へぇ、大浴場とかじゃないんだ」  温泉に来たわけですから、そりゃ温泉に入らないと……でしょ? 「当たり前でしょ。テレビで見てた時もそう言っていたよ半貸切温泉なのが人気って」 「そうだっけ? あんまりちゃんと聞いてなかった」 「さっき、チェックインの時もそう説明あっただろ?」 「あ、うん……けどよく分かってなかった、説明が頭に入らなくて。だからダウンロードがどうって言ってたんだ」  確かに公平はフロントのところに飾られた大きな花と大きな池が気になって仕方ないって感じだった。鯉にびっくりしてはしゃいでた。  半貸切露天風呂スタイルっていうのが人気なんだ。部屋には小さなシャワールームがあるだけ、でも大浴場はなくて、その代わりに小規模な露天風呂がいくつもある。檜の風呂もあれば、石畳の風呂に、景色がとにかく絶景なところとか、色々な特徴の風呂が用意されている。部屋にあるコードで読み取ってダウンロードしたサイトからその風呂ごとの空き状況を知ることができるんだって。それを見ながらご希望のお風呂に入っていただけたら……とチェックインの時にスタッフの女性が微笑んでくれた。 「大浴場しかない温泉だったらそもそも選んでないよ。君のヌードは見せられないでしょ?」 「ヌッ!」  真っ赤になって、驚いて飛び上がった猫みたいに肩をすくめた。 「男の裸なんて誰も」 「いやいや……あ、ラッキー、檜の風呂が今空いてるって」 「あ、うん」  手を引いて歩くとカランと下駄が軽やかな音を立てる。けれど正月で真冬で足袋型の靴下を履いていたって寒いものは寒いから、急いで檜風呂のある一角へと向かった。 「おぉ、鍵をかけるとスマホのネット上で使用中が反映されるんだ」 「へぇ、すごいハイテクだね」  中は一世帯が入るのには十分な脱衣所とシャワーのスペースがあって、その先に檜の風呂があった。もちろん、露天だ。 「わぁ、すごい木の匂い」 「檜の香りだ」 「檜なんだ……」  公平は目を閉じるとその香りを胸いっぱいに吸い込んでみた。 「あ、ねぇ、照葉さん、川が……すぐ……」 「あぁ、川がすぐ下を流れてるから、公平?」  まだ浴衣姿のままはしゃぐ公平が振り返って、頬を染めた。 「あ、えっと……お、お風呂、だった」  何も俺の裸なんて見たって面白くもなんともないのに。真っ赤だ。まるで紅葉みたいに。 「もう何度も見てる、ふつーの裸にそんな真っ赤になられると照れる」 「だ、だって」 「そんなふうに真っ赤になって意識されると、襲いたくなるよ」 「っ」  引き寄せただけで、まるで今日が初めてみたいに肩を竦める。楽しいことにはまだ不慣れなままの君を抱き締めて、その額にキスをした。 「早く風呂に一緒に入ろう。まだ、あと何種類もお風呂はあるから」 「えぇ? 全部に入るの?」 「もちろん」  俺も、まだ不慣れなんだ。  両手を素直に広げてはしゃぐような君を見るのは。だから俺にとっても初めてなんだよ。それこそ小学生の男子のようにあっちこっちと走り回りたくて仕方がないんだ。  食事も最高だった。ビーフシチューのお肉ってあんなにふわふわになるんだっけ? 圧力鍋とかで作ればそうもなるかもしれないけど、でも、これ今、この場で火を入れただろう? 小さな鍋の中にはペーストに近いデミグラスソースにまだ生のお肉。野菜は蒸してあるようだったけれど、それをその場で火にかけたのに……なんて、おにぎり屋として研究をしていたら公平が笑っていた。きっとビーフシチューと真剣に睨めっこしている俺がおかしかったんだろう。  そして二人でお腹いっぱいに夕食を平らげて、俺はすぐ近くにあったコンビニでお酒でも買おうかと思ったんだ。それで外は寒いし、公平には部屋に先に戻っていてくれって、言った……はずなんだけど。 「あ、檜のとこ入ったんですか? いいなぁ。私たちも入りたかったけど、ずっと開かなくって」 「あ……そう、ですか」 「いい感じでしたかぁ?」 「え、はい……すごく」 「えぇ、いいなぁ、羨ましい」  公平は部屋に戻っているところか、フロントのところで、見知らぬ女性二人に声をかけられているところだった。

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